フォードが作ったATG映画!

ジョン・フォード『肉弾鬼中隊』

 

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原題の方がいいと思いますが…


フォードが初めて作った戦争映画が、ATG級の低予算映画であった。という事実は、今やほとんど知られていないのではないでしょうか。


上映時間も70分に満たない作品であり、登場人物もほぼ分隊のみ。


舞台が第一次世界大戦のイギリス軍のある分隊の隊長が敵に射殺され、何を命令されてどこに向かうのかわからなくなった。というシチュエーションドラマでして、具体的な時代とか場所はさほど意味を持っていない映画ですので、1934年公開にも関わらず、内容的な古さがないです。

 

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原題通りの「迷子になった警備隊」のお話です。


こういう限定されたシチュエーションでドラマを展開させるという作品はフォードにしばしば見られまして、なんと言っても、大傑作『駅馬車』がまさにそういう作品ですし、『果てなき航路』はその内容も含めて、貨物船という限定された舞台である事と、更に、この仕事から抜け出せない。という構造的な問題も浮き彫りにする隠れ傑作でも見られます。


本作は、そのようなフォードの一連の作品の先駆とも言えるものであり、フォードの戦争観も端的に伺える小品です。


劇場最終作である、『荒野の女たち』もある意味で系譜あると言えますから、フォードはこのような映画を作ることを得意としていたと言えます。


世界恐慌後の大不況に見舞われていた経済状況は、既に映画監督としてのキャリアを積んでいたフォードほどの監督であっても映画制作の予算を集めるのが困難な時期だったのだと思いますが、フォードはそれすらも逆手に取った、いわば、ATG映画の先駆のような目的を失い、砂漠を彷徨う兵士たちを主人公にした快作を撮ってしまうあたり、やはり只者ではありません。


この、「彷徨える兵士」たちには、またしてもと言いますか、聖職者がおります。


コレを、フランケンシュタイン役で世界的有名となったボリス・カーロフが演じているのですが、彼が次第に発狂していく様子が見事に描かれています。

 

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ボリス・カーロフ演じる聖職者が素晴らしいです。


さて、なぜ、カーロフ演じる聖職者は発狂してしまったのか?が本作の核心なのですけども、それは冒頭に既に答えが出ておりまして、おそらくはオスマン朝に味方しているアラブ兵が、隊長である、中尉を遠距離から射殺した事から、この兵士たちは追い詰められていくんですね。

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こんなオブビートな絵で狂気に陥る人々を描いているところがスピルバーグを思い起こしますね。


中尉が死んでしまったので、やむなく

こんな軍曹が連隊を率いる事となるんですが、この連隊は執拗にこのアラブ兵(一体何人いるのか最後までわかりません)に追い回され、確実に長距離から射殺していくんです。


スナイパーに追い回され続け、自ら自滅していく姿を、驚くほど淡々と撮り続けていく。という、まるで、ロベール・ブレッソンの映画なのではないのか?とすら錯覚してしまう映画なんですね。

 

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敵の姿は画面に現れる事はなく、分隊たちの芝居のみですから、撮影はものすごく楽で、しかもカネがかかりません(笑)

 

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基本、こんな殺風景が続きます(笑)


しかも、どこかオフビートな呑気さすら伴いながら、前半が進んでいくのですけども、次々と仲間が確実に射殺されていくとカーロフの精神状態は次第におかしくなっていきます。


この次第に精神的に追い詰められていく過程が実にうまいし、そこしか見せ場がないという事を実に効果的に見せているわけです。


この分隊がどうなるのか?はAmazonプライムで見ることが可能ですので、是非見ていただきたく思いますが、この作品を通じて伝わるのは、一般的に「戦争、軍団大好きおじさん」として知られているフォードは決して戦争というものを礼賛などしている人ではないし、それほど簡単な人ではない。という事をまたしても痛感せざるを得ないです。


フォードを知る上で、やはり重要な作品である事は間違いありません。

 

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