小津安二郎『東京暮色』
主人公の有馬稲子の飲酒、喫煙シーンが小津作品のパブリックイメージを崩します。
既に戦後の自らのスタイルを確立した小津安二郎の一連の作品だと思って見ると、心底痛い目に遭う、戦後屈指の異色作。
『風の中の雌鶏』は、戦後直後の、野田高梧とのコンビが確立する前の作品ですが、本作は野田との共同脚本で作られた、タイトルからは全く想像できない、静かな、しかし、残酷な家族の崩壊劇であり、実は既に壊れている家族が容赦なく壊れていくのに、あの「小津スタイル」で進むのが、実に異様な作品なのですね。
主人公は、有馬稲子演じる明子で、姉が原節子、父親が笠智衆です。
この2人が兄と妹というよくあるキャスティングですが、全く別作品です!
原には2歳の娘がいるのに、ストーリー上ほとんど出てきません。
妙にガランとした家の中の撮影が空虚感を与えます。
この3人は、全員が問題を抱えていて、笠智衆は銀行員として戦前に京城(現在のソウルですね)の支店に勤務している時に、ななんと、東京にいる奥さんに愛人ができてしまい、しかも奥さんはその愛人と一緒に満州に逃げてしまったんです(笑)!
あまりの設定に度肝を抜かれますね(笑)
しかも、その逃げた妻を演じるのが山田五十鈴です。本作が唯一の小津安二郎作品の出演なのですが、彼の作品らしからぬ生々しい存在感です。
主人公の有馬稲子は母親が出て行った時、まだ幼かったので、母親の記憶がありません。
そんな山田五十鈴は、ソ連軍が侵攻してくる満州から命からがら日本に逃げ帰り、東京で、事実婚の男(中村伸郎)と雀荘を経営しているのでした。
有馬稲子はそんな実の母が経営しているとは知らずに悪友たちと雀荘で麻雀をしてるんですね。
主人公が喫煙しながら麻雀をするというのも、小津映画のイメージをかなり壊しているのが衝撃的で、なんと、酔っ払っているシーンすら出てきます(笑)
終始、こういうメランコリーな表情の有馬稲子。
この実の母親がストーリーに絡んでくる事が、悲劇をもたらすんですね。コレ以上詳しくは言いませんけど。
しかも、夜の東京のシーンがとても多いので、画面が全体的に暗く、しかも、アントニオーニ作品みたいな無機的でSF感すらある東京の風景が時折差し込まれるんです。
とにかく、見ていて、驚きですよね。
かと思えば、戦前の突貫小僧を起用していた頃の作風を思わせる、小津が作ったジャック・タチ映画、『お早よう』も撮っているので、ホントに一筋縄ではいかないんですも。
内容にほとんど立ち入らないまま徒然なるままに書いてますが、最も唖然とするのがラストです。
この大学生がホントにクズのような奴でして(笑)
コレに関しては見ていただくほか。
『晩秋』『東京物語』『麦秋』『秋日和』『秋刀魚の味』を見てから『お早よう』『東京暮色』を見ますと、小津安二郎という監督の奥行きが広がってくるのだと思います。