小津安二郎はホントに一貫した作家ですよね!

小津安二郎『大人の見る絵本 生まれてはみたけれど』

 

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ジワジワくるタイトル(笑)

 


2023年に4Kデジタル修復がなされ、リバイバル公開されたものをようやく見ました。


昔、銀座にあった名画座並木座で、かなりダメージのあるフィルムでの上映で見たのが最初でしたけども、お客さんが何度も笑ってました。


今回、早稲田松竹で見たんですけど、今回は笑い声は一度も聞こえなかったですねえ。


1933年という、満州事変が起こってから撮られた映画で、小学校の教室に「爆弾三勇士」と書かれた額が飾られていて、今見るとギョッとしますね。

 

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コチラはホンモノの爆弾三勇士。1932年に起こった第一次上海事件で3人の上等兵が爆弾を抱えて亡くなったのですが、それによって戦線がひらけたとされていますが、現在の研究では疑義も示されています。


小津が得意とする、「子供の視点モノ」の最高傑作ですけども、改めて見てみますと、小津の一貫して見えてくる、かなり冷徹な視点、そして、軍隊というものへの反感がよくわかる作品であり、「太郎ちゃんのお父さんとボクたちのお父さんはどっちが偉いんだ問題」は、ある意味、とても残酷です。

 

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ボクのお父さんはエラい人なの?


この内容を「大人の見る絵本」としている所に小津のブラックユーモリストの才能が爆発しております。


しかし、こんなテーマを内包しつつ、案外、サラッと見る事ができるのは、主演の兄弟である、弟役である、突貫小僧(青木富夫)の余りの素晴らしさが、本作をコメディとして秀逸なものにし、しかも、同時に実に難儀な「エラい人問題」、ひいては資本主義とは何であるのか?会社とは?権力とは?という事を、難解な学術書よりも切実に伝えていると思います。

 

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突貫小僧の才能が遺憾なく発揮された傑作です!


コレより前に、岡田時彦を主演とした、「昭和恐慌映画」を小津は撮っており、やはり、当時の日本の大変な不景気を主人公を通じて描いていて、これはこれで大変素晴らしいのですが、本作は不景気こそ描いてませんけども(むしろ、主人公の父親は、当時の東京市のサラリーマンとしては、かなり良い地位です)、誰にとっても胸に迫ってくる、とりわけ、お父さんにはなかなか痛烈な映画です。


当時は家長として、完全に家族の経済を握っている存在である父親というもの持つ意味が、現在よりも遥かに大きく、学校の先生も、「家長としての父親を育成する機関」として、ほとんど、教官のような絶対的存在として子供たちの前に君臨している様子がチラチラと描かれていて、小津はこのようなものにかなりの反感を抱いているのがわかります(そのような父親になりたくない事も、小津が生涯独身であった事と無関係ではないのかもしれません)。

 

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父親の権威を失墜させる原因となった映像がコチラ。アメリカのコメディ映画っぽいですね。


「ボクのお父ちゃんは歯が出し入れできるからすごいんだよ!」みたいなセリフに、小津の子どもに対する優しい眼差しをとても感じますけども、よく考えてみると、ココに出演している子どもたちは全員、米軍の空襲の被災者(ヘタすると死者)になっていく事を私たちは知っているのでありました…


男の子が作るギャンググループのかわいらしさとか、そこに加入する通過儀礼の描き方は、小津の真骨頂と言ってよく、突貫小僧の最高の瞬間がフィルムに刻印されております。

 

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ちゃんとジャイアンスネ夫がいるんですよ(笑)

 

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コレがなんなのかは見てのお楽しみです。


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子どもあるあるが見事に描かれます。「甲」を「申」と書いてしまうおかしさ(笑)


余談ですが、本作は東京府麻布区から郊外の荏原郡に転居してきたサラリーマン家庭を描いた作品である事も、見ていて気がつきました。

 

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当時としてはかなり裕福な家庭を描いています。

 

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「経済的に富裕になれば幸せになる」という事への疑義を提示したラストですね。