非常に正攻法の男の子必見のドラマです!

ジェイムズ・マンゴールド『フォードvsフェラーリ


1966年のル・マン24時間耐久レースをめぐる、まさに男のドラマです。


史実があまりにも劇的であり、カーレース史に残る出来事なので、ある意味、盛大なるネタバレ案件です。


坂本龍馬が明治直前に暗殺される。くらいの出来事なのですね、カーレースの世界では。


この映画のタイトルは原題通りであり、たしかに、そこが描かれているんですが、実はそれほどメインではないんです(事実、フェラーリ側のシーンはそんなに多くないです)。


この映画のタイトルをこのようにする事で、真のテーマを意図的に監督も隠蔽しているんですね。


本作はフォードのドライバー、ケン・マイルズと彼の才能を見抜き、協力した、キャロル・シェルビーの物語が実は中心であり、そこを掘り下げている作品ですね。

 

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実際のケン・マイルズです。

 

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実際のキャロル・シェルビー。


ベビーブーマーたちが免許を取り、車を乗る時代がやってきた事を考え、フォードの重役、リー・アイアコッカ(のちにフォードの社長になる、あのアイアコッカです)は、「彼ら彼女らにアピールするカッコイイ車を作りたい!そのために、フェラーリを買収しましょう!」と持ちかけるんです。

 

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アイアコッカフェラーリを買収しようとしますが。

 


ル・マン24時間耐久レースで無敵を誇っていたフェラーリは、実は頑固な町工場のような経営を貫いていたことが災いして、経営が悪化していました。


フォード2世も、ちょうど経営の刷新を考えており、アイアコッカの考えを受け入れ、フェラーリの買収に乗り出すのですが、なんと、フィアットに既に出し抜かれていて、フェラーリはフォードを足蹴にして、フィアットと手を結んでしまったんです。

 

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ヘンリー・フォード2世。かのヘンリー・フォードの孫です。


コレに2世は激怒し、何としてもフォードはル・マンフェラーリに勝てるマシンを作れ!という事になるんです。


そこで白羽の矢が立ったのが、アメリカ人で初めてル・マンで優勝した経験のある、キャロル・シェルビーが立ち上げていた「シェルビー・アメリカン」というスポーツカーの設計会社だったんです。

 

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シェルビーは、心臓の病気があったため、レーサーを引退して、スポーツカーの設計会社をし、成功を収めていたんですが、やはり、レースの世界への未練がありました。


シェルビーは、フォードの資本力があれば、すごいマシンは作れる事がわかってましたが、強豪フェラーリに勝つには、並大抵のドライバーではダメであると思っていました。


そんな彼が見出したドライバーがイギリス人のケン・マイルズです。

 

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シェルビーはマイルズの才能を見抜きます。

 


マイルズは典型的な天才肌で、アメリカに渡って、カーレースの世界でかなりの成績を出していたのですが、普段の自動車修理工の仕事があまりうまくいっておらず(賞金だけで食っていけるレーサーというのは、限られています)、経営する修理工場を税金の滞納で差押えられてしまうような体たらくで、全くダメな男でした。


人間的にはかなり問題のある人物ですけども、そのポテンシャルの高さを見抜いたシェルビーは、彼をスカウトするのです。


しかし、マイルズは「フォードみたいな大企業が好きなようにマシン作られてくれると思えない」と承知しません。


しかし、試作品の試乗に無理矢理誘うなどし、シェルビーは何とかしてマイルズをチームに引き入れようとし、努力したのが功を奏し、とうとうチームに入ります。


が、やはり、その尊大なキャラクターがアダとなり、1964年のル・マンの「シェルビー・アメリカン」のチームドライバーとしては招集されませんでした(史実では1964年はシェルビーのチームは参戦しておらず、デイトナレースなどに参加してます)。


チームの車両がすべてリタイアという散々か結果で終わったため、チームの再建をするためにフォードの責任者が、変わったのですが、シェルビーたちと対立している重役が就任し、もはや、アイアコッカはほとんど手出しできなくなります。

 

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このレオ・ビーブが実にムカつくキャラでございます(実際はそうではなようです)。

 


その中でも、シェルビーやマイルズたちは、フェラーリに勝つために必死で、マシンの改良に次ぐ改良を重ねていくのです。

 

さて、ここまでがお話の中盤なのですが、ほとんどフェラーリが出てこないですよね?


序盤のアイアコッカの買収交渉にエンツォ・フェラーリが出てきて、フォードを散々に罵倒するところだけです。


あくまでも、フォードのチームの中のドラマが描かれているんですね。


この映画が非常に好ましく思うのは、この元々の事実に大きな変更を加える事なく、見せている事なんですね(一番大きな変更は1965年のル・マン参戦が省略されたこ事で、途中リタイアです)。


その正攻法が何よりも良いですけども、やはり、ケン・マイルズを演じる、クリスチャン・ベイルが素晴らしいですね。


私は今ひとつ彼の魅力がよくわからなかったんですが、この変人を見事に演じてますね。


彼の代表作と言ってよいのではないでしょうか。

 

そんな彼を引き立てる役回りをマット・デイモン演じるシェルビーがコレまたいいですね。


この二人のしょうもないケンカシーンとか、まあ、単なる大きな男の子ですね。


単にカーレースに夢中になっている大きな男の子の映画ではあるわけですけども、しかしながら、彼を出しているのは、世界的な大企業、フォードなんですね。


ル・マンに参戦したのは、要するに車を売りたいからなんです。


エンツォ・フェラーリに「この2世のボンボンが!」と罵倒されたのはありますが、フォード2世は、本質は冷徹な経営者なのであり、ル・マン参戦はあくまでもビジネスです。

 

 

そもそもが夢ばかり見ているマイルズやシェルビーとは相いれないわけなのです。


この二人は人間的には、明らかにフェラーリ寄りな、凝り性の人間なんですね。


それが、1966年のあのル・マンの結果になるんですけども、それは事前情報なしで見た方が面白いと思います(私も知らずに見ました)。

 

こういう人間ドラマが正攻法で丁寧に描かれているからこそ、CGではなく、ホントにレースマシンを爆走させて撮影した迫力満点のレースシーンが活きるんですね。


コレは映画館で見たかった!!

 

ティーヴ・マックイン。という名前が映画の中でチラッと出てきますが、彼が活躍していた時代の、ちょっとほろ苦さのあるハリウッド映画の良さが全編に感じる、実に素晴らしい作品でした!

 

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そっちから見せるの?なるほどね!という傑作ネオ透明人間

リー・ワネル『透明人間』

 

一体何回目のリメイクなのかわかりませんが、「なぜ今更?」としか思えなかったのですが、いやいやどうして、コレはめちゃくちゃ面白かったですよ!


ドント・ブリーズ』以来の傑作ホラーサスペンスです!


「透明人間」って映画的にものすごく美味しいネタだと思うんです。


要するに見えないわけですから、クリーチャーとかを作る必要がないですよね。


安上がりなんですよ(笑)。


でも、透明人間というのは、存在それ自体がなくなっているわけではなくて、見えないという事ですから、それこそ、人の気配は消えませんし、転んだりしたら、ドスンと音がしてしまいますよね?

 

映像として、「実はここに透明人間がいるんですよ」という事を、いろんな方法で見せる事それ自体が楽しいわけです。

 

なにしろ、1897年にH.G.ウェルズの小説が発表されると、コレを原作として1933年にはもう映画になっているんです。


それから、まあたくさんの透明人間映画が作られているですけども、どうやって透明人間になるのかという透明人間である「科学的根拠」もいろいろ工夫されてますが、共通しているのは、透明人間側から描いている事が多く、透明人間という存在それ自体の面白さのバリエーションにだったように思います。


が、本作はウェルズの小説を原作としつつも、透明人間の悲劇、喜劇に注目してするのではなく、メインとなるのは、なんと、女性の自立なんですよ。


しかも、透明人間は、マッドサイエンティストによって作られた、ものすごいハイテクで作られたスーツなんですよ(笑)。

 

有り体に言えば、士郎政宗攻殻機動隊』に出てくるようなアレです。


ですから、透明人間になってしまった事による悲劇みたいなものはないんですね。


何しろ、特殊なスーツ着ているだけですからね。


というネタバレがあっても、この作品の面白さは些かも損なわれません。


このお話しは、R.ケリーを地で行くような、女性を極端なまでに拘束するようなかなり病的な研究者から、奥さんがいかにして逃げるのか?というサイコサスペンスになってるんです。


映画の冒頭が奥さんがサンフランシスコの郊外にポツンとたっている超モダンで恐ろしく厳重なセキュリティに守られた邸宅(このセキュリティがあくまでも侵入者から守るためにあるのではなく、嫁を屋外に一歩も出さないためのものであるのところからして異様です)から、なんとか逃げ出すところから始まります。

 

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目の下に最大なクマのメイクまでして頑張るエリザベス・モスの熱演が見ものです!

 


この奥さん、セシリアは、ジョーンズという友人の黒人刑事の家にいるしばらく逗留する事にしたのですが、いつまた狂った夫が連れ戻しに来るのかが、恐ろしく、家から一歩でも出るのがコワイんですね。

 

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ジョーンズたちもこの事件に巻き込まれていく事に!

 


そんなセシリアの事をジョーンズとその娘さんは心配しているのですが、そんな所に妹がやってきます。


なんと、夫であるアドリアンが自殺したと。


しばらくすると、遺産相続があるので、アドリアンの兄トムが手紙をよこしてきました(アレッ、ここに逗留している事がどうしてわかったんでしょうか?)。

 

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アドリアンの兄、トム。彼もまたアドリアン支配下にあるのでした。。

 


トムは、「500万ドルが相続される。毎月10万ドルずつ支払います。ただし、犯罪を犯したり、心身喪失状態になった場合は支払いを停止しますが」と告げます。


実は、ジョーンズの娘、シドニー美大への進学を考えていたのですが、セシリアは、この相続のお金の一部をシドニーの進学のためにあげる事にしました。


なんだか、呆気ないほど、人生が好転してしまうんですが、セシリアの人生はここから一挙に暗転していきます。


サスペンスものですから、ここからは内容に立ち入る事は極力避けて、話を進めていきましょう。


おわかりの通り、この暗転の原因はもうタイトルでバレていますから、言ってしまいますが、セシリアの人生が驚くべき速度で暗転していく原因は、サイコ野郎のアドリアンです。


この暗転のさせ方が、まあ、エゲつない。


この男の狡猾な頭脳とサイコな内面が透明人間スーツという、自ら開発したハイテクと結びつく事で起こる出来事。


この見せ方がもう、とにかく映画的な快楽に満ち満ちていて、ホントに堪能できるんですね。

 

 

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透明人間の見せ方それ自体は、もはや、現在のCGの水準を超えるものではなく、それほど驚くべきものではないんですが、本作の面目躍如は、その見せ方であり、アドリアンという人間の完全に狂った欲望、そしてそれを貫徹しようという意思と行動力の凄まじさに圧倒されるんですね。


とにかく、「見えないサイコ野郎」というのは、こんなにも恐ろしいのかと。


コレにひたすら翻弄される、セシリアを演じる、エリザベス・モスの演技がホントに素晴らしいです。

 

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透明人間というは、内容の性質上、透明人間でないもののが演技するしかないので、事実上の一人芝居になるんですけども、モスの熱演は見る者をサスペンスに没入させますね。


当然の事ですが、監督であるリー・ワネルの脚本が実に素晴らしい事は言うまでもなく、サスペンスの成否のかなりの部分はやはり良くできた脚本です。


で、ほぼサイコ夫に一方的にやられまくっているセシリアですけども(その肉体的、精神的な追い込み方は尋常ではないです)、この反転攻勢がコレまた信じられないところから開始されます。


そして、実に清々しいラスト(笑)。


とにかくですね、荒木飛呂彦ファンにはたまらんと思います。


タイトルからは到底想像もつかない、実に映画的な見せ方に徹した秀逸なエンターテイメントでした!必見!

 

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まさかの完結編が(笑)!キアヌ、ありがとう!

ディーン・パリソット『ビルとテッドの時空旅行』

 


驚きました。


前作『ビルとテッドの地獄旅行』が1991年です。


29年ぶりの続編ですよ(笑)!


しかも、主演のキアヌは今や大スターであり、もはやアホアホ映画に出るような人ではありません。

 

なんと、本作の音頭を取ってくれたのは、キアヌのようなんです。

 

キアヌありがとう!


しかし、このインターバルがたしかに必要な内容で、寝かせておく必然性がありました。

 

それは見るも納得します。メイクとかではやはりダメですね。


3作すべて監督が違いますが、エド・ソロモンがすべて脚本を書いていおり、実はものすごく一貫性があり、実質的に彼のプロジェクトなのだと思います。


ビルとテッドはあのアホアホなまんま50代のおっさん、となり、売れないミュージシャンであり、世界を救う。とさせる曲はまだ書いてません。

 

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あの2人が帰ってきました!ちゃんとおバカのまんま!


冒頭の結婚式での音楽性を見失った2人の演奏は、実は最高です(笑)。


むしろ、この方向性を追及していったら、良かったのでは。と個人的には思いましたが、しかし、「世界を救う」というあの大目的が成就はしないのです(笑)。


しかし、そんな彼らのもとに、またしても未来からタイムマシンが。

 

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やはり、電話ボックスがタイムマシンです。

 


今回はキアヌが大スターになっているので、制作費が10倍くらいになっていると思いますけども、基本的なテイストはあのB級です(特に28世紀のシーンはカネがかかっているのに、ザルドス感が相変わらずですね)。

 

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ムダに豪華な未来シーン。でも、安っぽいです(笑)

 

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あと75分で曲を作れと。

 


第1作の前半に漂うウダウダした感じは、最初の10分もなく、実はいきなり宇宙全体の危機となり、それを解決するするのが第1作からの懸案事項であった、あの「世界を救う曲」なのです。


しかも、あと75分で作らないといけないという(笑)。


だいたい、映画の上映時間と合ってるのが笑えますが、この、どうやって客を作るのか。がタイムトラベルを1つの頓知ものに換骨奪胎したこのシリーズの真骨頂であり、このパワーと勢いは、かの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』よりもアイディアとしては遥かに面白いと思いました。


ココがめちゃ面白いので、一切ココには書きません。

 

 

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コイツがなんなのかは見てのお楽しみ。


1つだけ書くとしたら、実はビルとテッドの解決策と真反対の解決法を考えているのが、この2人の娘さんたちなんです。

 

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製作費が増えて一番良かったのは、キャスティングがちゃんとして、頓知の効いた脚本を活かせる撮影シーンが増えた事と、もう一つの主演コンビである、娘たちがとてもよかったことです。本作のMVPはこの2人です。


この2人はロクに働かずに音楽ばかり聴いている、かなりの音楽性マニアです(それはこの2人の界隈にさりげなく出てきます)。


ビルとテッドはアホなのですが、妙な頓知があり、それだけで乗り切ってしまう、努力と根性が全くない2人なのですけども、娘たちは、この頓知を受け継いでいて、しかも、賢いんです(笑)。

 

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デイヴ・グロールカメオ出演します。どこなのかはお楽しみに!

 


ちなみに、若干ネタバレさせますと、地獄がまた出てきます。

 

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なぜまた地獄なのかは見てのお楽しみ。

 


何があるのかは言いませんけど。


コレは狂言でもなんでもなく、2020年の新作ベストは、コレです。


それくらい良かったですね。

 


今ひとつと評価された第二作目も、本作によって救われている側面があります。

 


この作品から見ても十分面白いですけども、できれば、前作は見といた方が感動が更に倍増する事をお約束します。必見!

 

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お約束のあんまり似てない有名人が今回も(ココがチープなのがわかってます!)。

 

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チープとカネかけているシーンのバランスが絶妙です!

 

「ジャスティス」のカケラもない、テンポと間合いで見せるバイオレンス痛快作!

S・クレイグ・ザラー『Drugged Across Concrete』

 


いやー、面白かった!


ストーリーのメインは身もふたもない、金塊の取り合いです。


しかも、人気など全くない場所で、停職中の刑事2人とその金塊を銀行から強奪したグループとです。


ここに至るまでをなんと、約170分もの時間をかけているんですね。

 

ある意味、エーリヒ・フォン・シュトロハイムの超大作『グリード』のテーマに先祖返りしています。

 

しかし、問題はなぜ、誰もいないようなところで金塊の取り合いになったのか。ですよね。

 

これを実に淡々としかし、レンガを一つずつ積み上げていくように実に周到に進んでいくんです。

 

この時間感覚、間合いのすごさですよね。


ベテラン刑事のブレットはかなり歳下のトニーとコンビを組んで仕事をしてますが、ブレッドの捜査手法は相当に荒っぽく、すでに何度も停職処分を食らっています。

 

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凄腕だが、手法の荒っぽさが問題視されるコンビ。BLMにより、社会問題化してますね。

 


故に求めて相棒は警部にまで出世しているのに、ブレットは定年間際なのに現場の刑事です。


そんな彼の妻は難病にかかっていていて医療費がかかります。


安月給では生活が苦しいのでした。

 

検挙率はとても高いのですが、手法の荒っぽさがアダとなり、出世もできず昇給もありません。

 

そして、またしても6週間の停職を受けてしまいます。


そんな彼が経済的な危機を解決するための方法が、麻薬の売人から金を強奪するという事なんです(笑)。


もう、めちゃくちゃなんですね。

 

このブレットを演じるのが、メル・ギブソンなのですが、悪徳刑事どころか、悪そのものであり、ここから邦題『ブルータル・ジャスティス』が全く意味不明なのがわかりませんでしょうか。

 

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メルギブはハリウッドでは「お騒がせキャラ」となりつつありますが、なかなかどうしていい味が出ています。

 

どこに「ジャスティス」があるのかと(笑)。

 

相棒のトニーも結婚のためにカネが必要であり、ヤバいと思いながらもブレットの危険な計画にズルズルと参加していきます。

 

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張り込みしながらの食事シーンは必見!

 


と、話しの経緯をつらつらと書いてみましたが、これでは本作の魅力など、10%も伝わらないんですよ、困ったことに。


とにかくですね、独特の空気感と言いますか、間合いと言いましょうか、そこがなんとも素晴らしいんですよね。


金塊の奪い合い。という、どうしようもない出来事に収斂していく話しなのにもかかわらず、画面は興奮が決して高まりません。


全体を通して、非常に体温が低いです。

 

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バイオレンスシーンが相当にドギツイのですが、実は全体を通して、10分くらいでしょう。


しかし、それも低体温というか、淡々と描くんですね。

 

 

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何のタメもなく、エグいバイオレンスが描かれます。


むしろ、キャメラは引いた状態で見せるんですね。

 

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軍事用の兵器ですよ(笑)。

 


ドッキリ感とかそういうものとしてバイオレンスが表現されてないんです。


むしろ、本作のコワさはずっと通奏低音のように漂う不穏な空気感が一貫して維持されている事で、それが、登場人物の何ということのない会話の間合いなどによって、なんとも知れないグルーヴが生み出されています。


トニーにはフトしたタイミングで「アンチョビ!」というクセがあるのですが、この特に何の説明もなく出てくる「アンチョビ!」がいいんですね。


ブレットが何かにつけてパーセントで表現するのと相まって、不穏な空気なのに、ユーモアが出てくる。


この会話の間合いとさりげない編集によって、そんなに動きの多くない映画にもかかわらず、ダレた感じが全くしないのがすごいですね。


敢えて近いモノは何だろう。と考えると、恐らくは北野武作品という事になるのでしょうけども、北野武監督は、もっと手際よく100分ほどでまとめてしまうんでしょうけども、この敢えてこの長尺で見せている、このタイム感覚こそが本作のキモだと思います。

 

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実は、本作は映画会社側から本作は長すぎるので、カットして120分くらいにしろ!と言われたそうなのですが、ザラー監督は断ったそうです。


本作を短くカットしてしまうと、せっかく作り上げたタイム感覚や雰囲気がすべて壊れてしまい、意味を失ってしまいます。


それにしても、ものすごい才能が現れたものですね。


劇中に使われる音楽のセンスがこれまた抜群で、監督がミュージシャンとしても活躍しているという事を知り、納得しました。


「ショットガン・サファリ」の曲はサントラが欲しくなってしまいました。

 

ペキンパー、タランティーノ北野武が好物な方には超オススメです!


この映画を紹介してくれた、TBSラジオ『ライムスター宇多丸のアフター6ジャンクション』の金曜日の「ムーヴィーウォッチメン」のコーナーに感謝です!

 

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2020年はこんな映画を見ました!

2020年映画ベスト10(同不順)

 

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今年はあんまり映画館で新作見れませんでしたので、10本あげられません(訂正。新年にDVDで見て随時補足する事にしました・笑)。


旧作は勝新、ボン・ジュノ、レオーネの年でしたね。中韓の作品のクオリティはもう世界水準であることはもう既成事実かと。


大林宣彦の遺作はとにかく凄まじく、旧作が猛烈に見たくなりましたね。


というか、結構、現在見る事のできない作品多いです。


さすがにオリジナルの『転校生』はいかんですよね、簡単に見れないのは。


新作に女性の監督が多いのはホントに驚きです!

 

イーストウッドがCovid-19 で呆気なく見ることができなくなったのが痛恨の極み。DVDで見るほかないですね。

 

『グッドボーイズ』はかなり気になってますので、コレもDVDで。


『異端の鳥』は1月中になんとか映画館でみる!

 

個人的には、やたらとアニメ見てました(笑)。


進撃の巨人』が群抜きですね。

 

 

【新作】

大林宣彦『岸辺の映画館 キネマの玉手箱』

キム・ボラ『はちどり』

セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』

テレンス・マリック『Song to Song』

グレタ・ガーヴィック『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』

ディーン・パリソット『ビルとテッドの時空旅行』

ピーター・ジャクソン『They Shall Not Grow Old』

アレハンドロ・ホドロフスキーホドロフスキーのサイコマジック』

S・クレイグ・ザラー『Drugged Across Concrete』(邦題は意味不明なので不採用)

 


【旧作】

勝新太郎『顔役』

勝新太郎『新座頭市物語 折れた杖』

ボン・ジュノ『母なる証明

大林宣彦『廃市』

イ・チャンドン『ペパーミント・キャンディ』

岡本喜八『激動の昭和史 沖縄決戦』

ジョン・カーニー『シング・ストリート』

セルジオ・レオーネ『Once Upon A Time in America 』

セルジオ・レオーネ『Once Upon A Time in The West』

ボン・ジュノ『吠える犬はかまない』

ジャ・ジャンクー『長江哀歌』

次点スティーヴン・ヘレク『ビルとテッドの大冒険

 

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座頭市シリーズ史上、最も凄惨な傑作!

勝新太郎『新座頭市物語 折れた杖』

 

 

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『顔役』に続き、勝新太郎が監督、主演した、おなじみ座頭市


『顔役』のあまりの凝りっぷり、ナチュラルな壊れっぷり(故に愛さざるを得ないのですが)への酷評に反省したのか(?)、勝新太郎最大の当たり役である座頭市に取り組みました。


結論から言えば、ココでの評価が高く、フジテレビでのテレビドラマ版座頭市シリーズが制作させるキッカケとなった作品であり、要するに成功作です。


さすがに自身が苦心して作り上げたキャラクターを破壊するほど愚かではなく、彼の持つ破壊願望的な細部へのこだわりが、もともと全体の枠組みがしっかりとした作品ですので『顔役』ほどの無茶がないです。


しかし、その安定された土台を基に勝新太郎は何をしているのか?という事なのですが、大映でのシリーズでは抑えられているバイオレンスの凄さとヤクザが支配している下総の漁村の凄惨さが描かれています。


多分ですが、直接の影響はマカロニ・ウェスタンなのでしょうけども、セルジオ・レオーネなのか何なのかはよくわかりませんが、映画館で勝新は見て思ったのでしょう、自身の座頭市は生温いと。


とは言え、座頭市大映の鉄板プログラム・ピクチャーなのであり、勝のやりたいた放題の方向に持っていく事は難しいでしょう。


しかし、勝プロダクションとして大映から独立して作られた座頭市は、まさに「オレの座頭市」であり、タイトルからわかるように、第1作の設定に戻し、パラレルワールド、すなわち、リブート版座頭市です。


なんと言っても冒頭の絶望感からしてすごいです。


ボロボロの釣り橋を渡っている市を見上げるような特異なショットで始まるのですが、その橋を三味線を弾きながら渡るおばあさんがいるんです(そんな橋を盲人が渡っているのも、三味線弾きながら渡るっていう事自体が奇妙なのですが)。


市は「三味線の音はいいですね」と橋をすれ違う直前に言います。


おばあさんは「按摩さん。もしよければコレを」とお金を渡そうと市に手を伸ばした瞬間、画面からスッと消えます。

 

何が起きたのかというと、おばあさんは足を踏み外してしまったんですね。


で、橋にしがみついているショットになります。


しかし、市は盲目ですから、助ける事ができません。

 

おばあさんは転落死します。

 

座頭市シリーズの市はどんどん超人的なキャラクターになっていきましたが、本作はそれを敢えてリセットし、彼がハンディキャップを持っている事を、かなり残酷ですが、衝撃的な表現で観客に見せます。


そして、コレが今回の事件に巻き込まれていくキッカケにもなっているんですね。

 

このおばあさんの三味線が偶然橋の上に残り、結果として、市は遺言と遺品の両方を得てしまい、おばあさんの断片的な話と三味線を頼りに娘を探す事になるんです。

 

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で、やってきた漁師町がなんとも凄惨でして、悪逆非道なやくざの支配に耐えかねて首を吊って死んでいる男を発見した人々の悲鳴が聞こえるようなところなんですよ(笑)。


その悲鳴にあわせてタイトルがバーンと出てきてですね、もう救いがなさすぎなのですね(笑)。


あまりにも酷すぎて笑ってしまうほどです。


しかし、このゲットーのどうしようもなさ、市が盲目であるという事のハンディキャップを本作ほど容赦なく描いた作品はちょっと見当たりません。


座頭市の筋書きは、ご覧になっている方にはもうおわかりだと思いますが、この極悪なヤクザと市が戦う事になっていくわけですけども、このヤクザたちの描写の凄さですね。


市は盲目である事をヤクザたちが揶揄する場面はしばしば描かれるのですが、せいぜい、「この按摩!」というくらいなんですよ。


しかし、この作品ではゲットーまんまに「めくら!」を連発してます。

 

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小池朝雄の面目躍如たる非道な親分。テレビドラマ版でも何度も悪役で出演してます。

 


ラスボスの小池朝雄などは、「この、どメクラが!」とすら言ってます。


とにかく、エゲツなさが尋常ではありません。


それは映画を見終わった後の気持ちよさすら出てこないほどで、市は一体何のためにこんな事をやっているかすらだんだんと判然としなくなってきます。


その凄さは、サイレント期の阪東妻三郎主演の大傑作『雄呂血』のラストシーンすら彷彿とさせます。

 

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ここまで狂気じみた座頭市はないのでは。


この狂気すら感じる異様さは抜きん出てますね。


映画俳優としての勝新太郎の最高傑作は、間違いなくコレだと思います。


勝新太郎の凄さを知るにはまずは本作をご覧になる事をオススメします。

 

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香港というアジアの楽園を撮った快作!

陳果(フルーツ・チャン)『香港製造Made in Hong Kong』

 

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1997年に香港が中国に返還される年に公開された、いわゆる「返還三部作」の第1作目。


香港映画の魅力は、やはりというか、あの香港というカオス的な空気感が画面の中に見事に捕らえられている事であり、それはジャッキー・チェンジョン・ウー、ウォン・カーワイという全く違った作風を持つ作家たちにも共通してます。


本作もまさにそういうカオスが見事にとらえられた快作でありまして、ウィキなどを読むと、制作費を捻出するのに随分と苦労して撮影されているようで、それは編集の粗っぽさなどから伝わってきますが、それすらも本作の魅力ですね。


というか、私が香港映画に求めるのは、そういうどこか粗削りなのだけども、とても魅力的で、バイタリティとカオスに満ち溢れている香港という街を伝えてくれる事なのですね。


ヤクザの経営する街金の取り立てをしているという少年とその知的障害のある舎弟のお話し。を東京を舞台にして撮影しても何の臨場感もないでしょうが、1997年の香港には、切実なまでのリアルがあり、それが画面を通して伝わってきます。

 

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サム・リーという逸材あってこその映画です。

 


その取り立て先の家族の女の子が実は移植を受けないと死んでしまうような重篤な病気であった事から、ヤングサグであった中秋の人生が変わってしまう。という、よくある青春物語ですが、それにどれだけのリアリティを与えていくのか。がやはり問題ですが、返還直前の香港で撮影されたというのが(途中から、アンディ・ラウが資金提供してくれたそうです)、本作の成功要因の30%でしょう。

 

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ヤング・サグと病気の少女の恋愛ドラマとしても秀逸です。


そして、破滅的な最期を迎える、主人公を演じるサム・リーの魅力がなんといっても決定的ですね。

 

現在、香港は中国共産党中央からの圧力を受け、かつての自由を失いつつあり、もうこのような映画を撮ることはできなくなるでしょうね。

 


ジャッキー・チェンの魅力は返還前の香港という都市と不可分であった事が、現在の彼を見ると痛感せざるを得ません。

 


失われつつある「楽園」を写した本作はむしろ今こそ見られるべき作品でしょう。

 

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