ジェイムズ・マンゴールド『フォードvsフェラーリ』
1966年のル・マン24時間耐久レースをめぐる、まさに男のドラマです。
史実があまりにも劇的であり、カーレース史に残る出来事なので、ある意味、盛大なるネタバレ案件です。
坂本龍馬が明治直前に暗殺される。くらいの出来事なのですね、カーレースの世界では。
この映画のタイトルは原題通りであり、たしかに、そこが描かれているんですが、実はそれほどメインではないんです(事実、フェラーリ側のシーンはそんなに多くないです)。
この映画のタイトルをこのようにする事で、真のテーマを意図的に監督も隠蔽しているんですね。
本作はフォードのドライバー、ケン・マイルズと彼の才能を見抜き、協力した、キャロル・シェルビーの物語が実は中心であり、そこを掘り下げている作品ですね。
実際のケン・マイルズです。
実際のキャロル・シェルビー。
ベビーブーマーたちが免許を取り、車を乗る時代がやってきた事を考え、フォードの重役、リー・アイアコッカ(のちにフォードの社長になる、あのアイアコッカです)は、「彼ら彼女らにアピールするカッコイイ車を作りたい!そのために、フェラーリを買収しましょう!」と持ちかけるんです。
ル・マン24時間耐久レースで無敵を誇っていたフェラーリは、実は頑固な町工場のような経営を貫いていたことが災いして、経営が悪化していました。
フォード2世も、ちょうど経営の刷新を考えており、アイアコッカの考えを受け入れ、フェラーリの買収に乗り出すのですが、なんと、フィアットに既に出し抜かれていて、フェラーリはフォードを足蹴にして、フィアットと手を結んでしまったんです。
コレに2世は激怒し、何としてもフォードはル・マンでフェラーリに勝てるマシンを作れ!という事になるんです。
そこで白羽の矢が立ったのが、アメリカ人で初めてル・マンで優勝した経験のある、キャロル・シェルビーが立ち上げていた「シェルビー・アメリカン」というスポーツカーの設計会社だったんです。
シェルビーは、心臓の病気があったため、レーサーを引退して、スポーツカーの設計会社をし、成功を収めていたんですが、やはり、レースの世界への未練がありました。
シェルビーは、フォードの資本力があれば、すごいマシンは作れる事がわかってましたが、強豪フェラーリに勝つには、並大抵のドライバーではダメであると思っていました。
そんな彼が見出したドライバーがイギリス人のケン・マイルズです。
シェルビーはマイルズの才能を見抜きます。
マイルズは典型的な天才肌で、アメリカに渡って、カーレースの世界でかなりの成績を出していたのですが、普段の自動車修理工の仕事があまりうまくいっておらず(賞金だけで食っていけるレーサーというのは、限られています)、経営する修理工場を税金の滞納で差押えられてしまうような体たらくで、全くダメな男でした。
人間的にはかなり問題のある人物ですけども、そのポテンシャルの高さを見抜いたシェルビーは、彼をスカウトするのです。
しかし、マイルズは「フォードみたいな大企業が好きなようにマシン作られてくれると思えない」と承知しません。
しかし、試作品の試乗に無理矢理誘うなどし、シェルビーは何とかしてマイルズをチームに引き入れようとし、努力したのが功を奏し、とうとうチームに入ります。
が、やはり、その尊大なキャラクターがアダとなり、1964年のル・マンの「シェルビー・アメリカン」のチームドライバーとしては招集されませんでした(史実では1964年はシェルビーのチームは参戦しておらず、デイトナレースなどに参加してます)。
チームの車両がすべてリタイアという散々か結果で終わったため、チームの再建をするためにフォードの責任者が、変わったのですが、シェルビーたちと対立している重役が就任し、もはや、アイアコッカはほとんど手出しできなくなります。
このレオ・ビーブが実にムカつくキャラでございます(実際はそうではなようです)。
その中でも、シェルビーやマイルズたちは、フェラーリに勝つために必死で、マシンの改良に次ぐ改良を重ねていくのです。
さて、ここまでがお話の中盤なのですが、ほとんどフェラーリが出てこないですよね?
序盤のアイアコッカの買収交渉にエンツォ・フェラーリが出てきて、フォードを散々に罵倒するところだけです。
あくまでも、フォードのチームの中のドラマが描かれているんですね。
この映画が非常に好ましく思うのは、この元々の事実に大きな変更を加える事なく、見せている事なんですね(一番大きな変更は1965年のル・マン参戦が省略された事くらいです。途中リタイアです)。
その正攻法が何よりも良いですけども、やはり、ケン・マイルズを演じる、クリスチャン・ベイルが素晴らしいですね。
私は今ひとつ彼の魅力がよくわからなかったんですが、本作では、この変人を見事に演じてます。
彼の代表作と言ってよいのではないでしょうか。
そんな彼を引き立てる役回りをマット・デイモン演じるシェルビーがやっているわけですけども、コレまたいいですね。
この二人のしょうもないケンカシーンとか、まあ、大きな男の子ですね。
男の変わらないところを非常に端的にわかりやすく見せる。映画ですね。
カーレースに夢中になっている大きな男の子たちの映画ではあるわけですけども、しかしながら、彼らにカネを出しているのは、世界的な大企業、フォードなんですね。
フォードがル・マンに参戦したのは、要するに車を売りたいからなんです。
エンツォ・フェラーリに「この2世のボンボンが!」と罵倒されたのはありますが、フォード2世は、本質は冷徹な経営者なのであり、ル・マン参戦はあくまでもビジネスです。
そもそもが夢ばかり見ているマイルズやシェルビーとは相いれないわけなのです。
この二人は人間的には、明らかにフェラーリ寄りな、凝り性の職人てやんでえ体質なんですね。
それが、1966年のあのル・マンの結果になるんですけども、ここは事前情報なしで見た方が面白いと思います(私も知らずに見ました)。
こういう男臭い人間ドラマが正攻法で丁寧に描かれているからこそ、CGではなく、ホントにレースマシンを爆走させて撮影した迫力満点のレースシーンが活きるんですね。
コレは映画館で見たかった!!
スティーヴ・マックイン。という名前が映画の中でチラッと出てきますが(クリスチャン・ベイルの役作りがマックインに似せていますよねね)、彼が活躍していた時代の、ちょっとほろ苦さのあるハリウッド映画の良さが全編に感じる、実に素晴らしい作品でした!