ジョン・フォード『荒野の女たち』
アメリカ映画とは、ジョン・フォードの事なのである。コレほど多くのジャンルを作り上げた映画監督は皆無であろう。
巨人ジョン・フォードが最後に作った映画。
驚きました。
なぜならば、とんでもない傑作であり、かつ、この作品がほとんど知られていないという事実に驚愕します。
DVDの販売もなく、レンタルもあまりないようです。
やはり、未だに「西部劇の巨匠」としてしか認識されていないのでしょうね。。
1935年の中国とモンゴルの国境付近。という、とんでもない辺境を舞台にした映画をフォードが作っていた。という事実にまたしても驚愕しますし、主演どころか、メインキャストが原題7 Women通りに女性7人である事にも驚愕です。
「男の世界」「西部劇」「ジョン・ウェイン」というキーワードが一切ありません。
故に注目されていないのでしたら、それは大変な損害です。
欧米各国が、辛亥革命後の中国でキリスト教を布教していたのはよく知られていますが(『大地』で有名なパール・バックは宣教師一家で、中国で布教活動をしていました)、本作はそのお話しなのです。
もう、何をもってフォードなのか、わからなくなりますよね(笑)。
そこである問題が起こります。
布教活動を行なっている中年女性が妊娠してしまったのですが、医者がいません。
布教の拠点のリーダーはアメリカの本部に連絡をとっていますが、ようやく、「カートライト」という名前の医師がやってくる事になったんですね。
この拠点の唯一の白人男性、チャールズ・ペサーが車で迎えに行くが、医師はいません。
彼の妻、フローリーは妊娠していて(どうやら、この施設内での性行為で妊娠したようです。それもまた破天荒です・笑)、チャールズはこの妻が安全に出産後すべく、迎えに行ったわけですが。
「医者が来ないなんて!」とヒステリーを起こすフローリー。フォード作品は出産が多いです。
しかし、程なくして馬に乗った訪問者がやってきます。
この女性が、アン・バンクロフト演じるカートライト医師なのですね。
まるでカウボーイのように登場するアン・バンクロフト。
そう言えば、「男臭い映画」をキャリアを通じて撮り続けた、ロバート・オルドリッチは、『何がジェーンに起こったのか?』や遺作『カリフォルニア・ドールズ』という、女性が主演の映画を撮っています(しかも、いずれも傑作です)。
フォードの本作は、こうした固定観念を完全に覆す作品であり、しかも、彼の全作品を通じても代表作の1つと言ってもなんの遜色もない作品なのだ。という点はいくら指摘してもしすぎるものではありません。
フォードの作品にはしばしば教会が出てきますが、今回はなんと、プロテスタントの布教を大変な辺境で行なっている女性たちの話しなのですね。
カートライト医師は食事中も喫煙をやめません(笑)
そんなところにやってきた医者は、ヘビースモーカーで飲酒もする、まあ、「酔いどれ天使」なわけです。
プロテスタントは日常生活の規律がとても厳しいので、布教のリーダー、アガサ・アンドリュースは、カートライトの態度が大変気に入らないのですね。
『アルプスの少女ハイジ』に於けるロッテンマイヤーなキャラだと思ってくれれば、わかりやすいでしょうか(笑)
しかし、この宣教団で1番若いエマ・クラーク(キューブリック『ロリータ』のロリータ役のスー・ライオンです!)は、彼女の医師としての手際のいいしごとぶりやその竹を割ったような鉄火な性格に感銘を受けてしまうんです。
カートライトの信念を持った生き方に、自身が所属する教派への懐疑を持つようになるエマ。
コレにもアガサは不愉快なんですね(笑)
本作は、現実の危機に臨機応変に臨むカートライトと厳格な規則を重んじるアンドリュースを対比させて描いている、いわば、キリスト教批判の側面がとても強い作品であり、かなりコレを正面から描いてます。
ベルイマンとは異なり、あくまでもハリウッドのエンタメ作品の文脈でキリスト教を描いているのがすごいですね。
しかも、内乱状態の中国と大陸であり、ここに更にコレラ流行の危険、馬賊の跋扈、高齢出産、女性が医師として仕事をしていく事の困難という、男性優位社会批判すら描いているという、およそ、19世紀末に生まれ、1910年代から映画監督を行なっている、大ベテランが扱うとは思えないようなテーマのオンパレードなのですね。
コレラで次々と出る死者を埋葬するチャールズ。疫病の恐怖を描いた作品でもあります。
つまり、あまりにも早すぎるんです。
クラシックな映画を作っている監督という固定観念すら、ここでフォードは水から打ち砕いてしまうんですね。
大ベテランがやる事ではないですよ(笑)
ジョン・ヒューストンの遺作『ザ・デッド』も名前を伏せたらヒューストンの作品とは絶対に気がつかない、しかしながら、大変な傑作ですが、フォードのようなエッジが効きまくった映画ではなく、ジョイスの短編小説集『ダブリン市民』の一編の映画化です。
バンクロフト演じるカートライト医師のキャラクター造形は、ほとんど、ハリー・キャラハン刑事としか思えないほどで、それでいて、大変腕のいい医師なのです。
ハリー・キャラハンの登場よりも本作は早いのです!
この絶望的な状況をどうするのか?を常に決断せざるを得ない立場に置かれる、カートライト医師。
言うなれば、『ブラックジャック』を女性にしたようなお話しであり、岡本喜八『独立愚連隊』のような雰囲気を持った作品なのです。
この余りにも先駆的なテーマのてんこ盛りな映画が90分にも満たない、極めてシャープなキレ味のエンタメ作品である事に更にたまげてしまうんですね。
残念な事に本作は日本ではなかなか観る事ができないようです。
デジタルリマスター版が作成され、ソフト化される事を強く希望します。
『奇跡の人』でアカデミー賞を受賞した、アン・バンクロフトのラストシーンの最後のセリフは「くたばれ、クソ野郎」である事も、呆気に取られます(笑)
とにかく、万難を廃して本作を見る事が、全映画ファンの「ミッション」なのです!必見!!!