リンチの頭の中をそのまんま映像化したような傑作。
デイヴィッド・リンチ『インランド・エンパイア』
リンチの今のところの映画での最新作。
リンチの映画では最も長い、3時間におよぶ大作であるのですが、製作スタッフは最低限とし、脚本、音楽、音響効果、編集、撮影はリンチ自身が行い、制作費も自身で出しているという、要するに、ほとんど自主制作映画です。
そして、リンチの作品で最もアブストラクトな作品となりました。
ローラ・ダーン、ハリー・ディーン・スタントン、グレイス・ザブリスキー(ローラ・パーマーのお母さん役ですね)、ダイアン・ラッド(ローラ・ダーンのお母さんですね)、ナオミ・ワッツ(声のみ)などなど、リンチ組の常連が出演する中、ジェレミー・アイアンズ、そして、裕木奈江が出演するという、リンチ作品としては、一際キャスティングが豪華です。
ジェレミー・アイアンズは映画監督役です。
面白いのは、キャメラ機材がこれまでのリンチ作品とは思えないほど、明らかに安い機材で撮影している事ですね。
あえてチープな技術を選択していますね。それでもあのリンチ演出になるのですから、すごいです。
ほぼ、ハンディサイズのデジタルキャメラを、時にリンチが自分の手で持って撮影しています。
近年のホン・サンスの作品もとても安価なデジタルキャメラで撮ってますね。
しかも、これまでのリンチ作品には珍しいくらいに、顔のどアップを多用しています。
冒頭からしてこの寄りです。
ローラ・ダーンのドアップがこれほど存在する映画が皆無でしょう。そこがストライクゾーンの方にもオススメの作品です。
そういえば、ゴダールもデジタルの安価な機材で撮影してますよね。
あと、全編にわたって、音楽ではなくて、音響がなっています。それは大きくなったり、そのまんまサントラになっていったりしますが、ほぼ全編、作中の中でなっている音ではない、不穏な音が鳴り続けていますね。
この映画は悪夢である事を意味しているのでしょうか。
このアブストラクトな作品を読み解くための重要なセリフは、冒頭に出てくる、外国人(ポーランド人?)と思われる、異様なまでにグイグイ迫ってくる女性のセリフ、
「もし、今日が明日だったら」
に端的に表現されている、リンチの得意とする、世界は多重に存在していて、それらはひょんな事で繋がったりする。という、表現ですよね。
このどアップでグイグイと迫ってくるのですが(笑)、彼女のセリフが本作の本質を端的に説明しています。
また、お話がかなり進んできたところで、主人公のローラ・ダーンがある男に向かって、
「問題は何が先で何が後だかわからない事なのよ」
と告白していることからも、この作品の本質が何なのかがわかります。
『ツインピークス』では、もっと物語として大掛かりに作っていますけども、本作はもっと箱庭的で、もうちょっとルーズな作りにしていますよね。
そういう、アレレ?世界って奇妙によじれておかしな風にくっついてるよね。というものを、リンチ独特の語り口で、ジックリと見せようというのが本作でして、そういうあやふやで曖昧なものがダメ。という方には不向きな作品でしょう。
何度も出てくるいかにもリンチ作品的な部屋。しかし、シーンによって部屋の意味がガラッと変わってしまうんですね。
例えば、こんな風に。
ローラ・ダーンがハリウッドで撮影しているリメイク映画『暗い明日の空の上で』、そして、未完に終わったポーランドのオリジナル『4-7』、暴力を振るう男から逃亡するために、ポーランドを脱出した女性の話し、そして、ウサギの世界。
ウサギの声を担当しているはナオミ・ワッツです。
しかも、映画の撮影をしている映像なのか、映画の世界の中に入り込んでしまっているのかが、だんだんと曖昧になっていき、時間と空間がアブストラクトになっていきます。
どこからが映画の撮影で、どこまでが現実なのかが判然としません。
ですので、なにがどうつかながっているのかわからないシーンすらあって、ますます混乱しますが(笑)、そこを酔いしれる事ができるか否かが、本作を見ていく上でのカギでしょうね。
電球くわえているだけの男(笑)。
リンチ作品に照明は欠かせません。
もともとリンチに備わっていた、アブストラクトな映像にドローン音楽が鳴り続けるという側面を、極限まで推し進めた、ある意味で最もリンチのプライヴェートな作品であるといえますね。
ですので、リンチ作品としてコレから見ることはオススメできません。
リンチを知るには、『ブルーベルベット』や『ワイルド・アット・ハート』から見た方がよいでしょうね。
デイヴィッド・リンチが自分の中にあるものをジックリと出し尽くした、奥の院的傑作。