レオス・カラックス『アネット』、
エドガー・ライト『スパークス・ブラザーズ』
現在のスパークスのお二人。左が兄のロン、右が弟のラッセルのメイルズ兄弟です。この2人を不動のメンバーとするのがスパークスです。
スパークスというロックバンド、というか、メイルズ兄弟によるユニットをご存じだろうか?
実は未だに日本のロックファンには、知る人ぞ知る存在なのかもしれないですね。
2022年時点で、ほぼ50年、休止する事なく活動し続けている、脅威のユニットなのですが、その次々と作風を変えていくあり方が、なかなか実体が掴みづらかったのか、なかなか日本では紹介されてこなかったように思います。
日本では、熱狂的なスパークスのファンである、岸野雄一さんが編集された当時の最新作、『Hello, Young Lovers』までの紹介を行った本が出ていましたが、現在な入手が困難です(私はこの頃の来日公演で初めて彼らの音楽を知りました)。
あらゆるカテゴリーで説明できない岸野雄一さんもまた、スパークスの熱烈なファンです。
そんな彼らが関与、または出演している映画が、2022年の日本で相次いで公開となったのは、ホントに驚きでした。
『アネット』は、音楽と脚本を担当してしており、コレを監督したのが、レオス・カラックスであるのも驚きです。
寡作なカラックス監督が、スパークスと組んでミュージカルを作るというのは全く予想だにしませんでした(注、ネットに答えがありました・笑)。
およそ、スパークスとカラックスが結びつく点はほとんど見いだせないですから(注、前作『ホーリーモーターズ』でスパークスの音楽を使っていたのでした!すみません!カラックス、やはりすきだったんですね、スパークスが)。
コレは大丈夫なのか?無茶苦茶なことになってやしないだろうか?とかなり不安でしたが、劇場で見てそれは杞憂である事がわかりました。
結論から申し上げれば、コレはまごう事なきスパークスによるミュージカル映画であり、現場監督はカラックスというもので、カラックスは相当にエゴの強い監督だと思いますが、本作はメイルズ兄弟の脚本と作詞、作曲、編曲を活かす事に徹しきっている事が見ていてわかります。
スパークスの企画にカラックスが心底感銘を受けのでしょうね。
お話しの筋は極めてシンプルで、過激な芸風のスタンダップ・コメディアンのヘンリー(アダム・ドライヴァー)と世界的ソプラノ歌手のアン(マリオン・コティヤール)の間に生まれた子どもがアネットなのですが、ヘンリーは、気分屋で酒癖の悪い男であり『天才型にありがちな事ですが)、やがてコメディアンとしての人気に翳りが出てきます。
ヘンリーとアン。
ヘンリー・マケンリーの過激なスタンダップ・コメディは必見です!
世界的なソプラノ歌手、アン。
夫婦の仲も悪くなっていくのですが、ヨリを戻すために、ヨットで一家は船旅に出ます。
ある日、アンはヘンリーが6人の女性にテレビで告発される夢を見ます。「ヘンリー8世の6人の妻」を暗示していますね。
しかし、嵐に見舞われた日にまたしても飲んだくれてしまうヘンリーは、不可抗力でアンをヨットから突き落としてしまい、殺してしまいます。
ヘンリーとアネットのみがなんとか救命ボートで脱出するのですが。。という、ところまではネタバレさせても問題ないところです。
ミュージカルですから、お話しのスジはさほど複雑でもなく、メインの登場人物はヘンリー、アン、アネット、そしてここではどこでどう絡んでくるのか説明しなかった、アンの伴奏者で指揮者(サイモン・ヘルバーグ)しかいません。
指揮者がどう話に絡んでくるのかは見てのお楽しみに。
このシンプル極まりないお話を極上にしているのが、なんと言っても、スパークスの音楽なのですね。
スパークスはカリフォルニア出身のロンとラッセルのメールズ兄弟を不動のメンバーとするバンドでして、アメリカではあまり芳しい評価が得られず(初めはハーフネルソンというバンド名でした)、イギリスに渡ってから評価が高まり、主にヨーロッパで評価されました。
ヨーロッパで評価されたアメリカ人のミュージシャン。というのは、別にスパークスが初めてではありませんが(ジミ・ヘンドリクスやウォーカー・ブラザーズが先行しておりますよね)、彼らはアメリカでの評価よりもヨーロッパでの評価が今でも高く、ヘタをすると、イギリス人のバンドと勘違いされているくらいなのです。
その毒のあるユーモア、ラッセルの驚異的な音域を活用した、ロンの作曲、美男子のヴォーカルとまるでアドルフ・ヒトラーのような風貌のキーボード奏者という、不思議なキャラで、時にグラム・ロックのようないでたちになったり、パンクに接近したり、テクノポップになったりと、ものすごい振幅で音楽が変貌していくので、アメリカの西海岸のロックバンドとは思えなかったのでしょう。
アメリカのロックが持つマッチョさが一貫して欠如しているのも、イギリスのバンドと思われやすいのかもしれません。
しかし、本作の舞台はロサンジェレスであり、セリフも英語のミュージカルです。
皮肉な事に、監督はフランス人なのに、フランス映画っぽくないという捻れが起きてもいます(笑)
こういう一筋縄ではいかない彼らの魅力をバンドの演奏とアダム・ドライヴァーらメインキャストによるヴォーカル、フルオーケストラによって見事に表現されています。
スパークスの音楽の魅力に、ラッセル・メールズのヴォーカルは欠かせませんが、なんと、彼が歌わなくてもスパークスらしさが些かも失われていない事にも驚きます。
スパークスはついに、スティーリー・ダンのようなユニットとしても機能してしまう可能性すら持っている事を示しており、未だに変貌しつづけ、新しい事に挑み続けているのが凄いですね。
しかも、音楽が今もってフレッシュであるという事です。
実は、メイルズ兄弟は大の映画好きで、UCLAに通っている時、ロンは映画制作を行っているほどです。
実は1970年代にフランスの巨匠、ジャック・タチの映画の音楽を担当するという企画が持ち上がったのですが、これはタチが健康上の問題で降板した事で立ち消えとなっていました。
ティム・バートンが監督する、日本の漫画を原作とする映画の音楽を担当する企画には、かなりの年月を費やしたのですが、結局、バートン監督が降板し、企画自体がなくなってしまいます。
メールズ兄弟はスタジオで曲作りに取り組んでいたのですが、この間、スパークスとしての活動がほとんどなく、アルバムが6年間も出ていないという、多作であった彼らが味わった、唯一の低迷期が実は映画の仕事でした。
『アネット』はまさに満を持して持ち込んだ企画で、遂にそれが大爆発した痛快事であり、カラックスにとっても大変な傑作を撮る事になりました。
スパークスの奔放なイメージを更に増幅させるような驚きの映像は、カラックスとスパークスが殊の外相性が良かった事を示しております。
このお話しは登場人物が、史実の人物をモデルとしております。
主人公のヘンリーは、恐らくはイングランド王、ヘンリー8世をモデルとしたキャラクターです。
ヘンリー8世には6人の妻がいたのですが、離婚を繰り返し、2番目の妻、アン・ブーリンは処刑されています。
夫ヘンリーが妻アンをを殺す。という、『アネット』の前半のエピソードは、明らかにヘンリー8世のアン・ブーリンの処刑をイメージしているのですね。
そして生まれて来た子どもの名前がアネット。というのも、意味深です。
実はアネットはマリオネットとして表現されています。
なぜマリオネットなのか?
つまり、「アネット」とは、「アンのマリオネット」である事を意味していると思います。
そして、「ヘンリーのマリオネット」でもある。
その事を表現するために、アネットはマリオネットなんですね。
話しのスジはシンプルなのですが、その少ない登場人物を使って表現される重層的なテクストが単なる知的な操作ではなく、物語の核と巧みに結びついている所に、この作品の脚本の素晴らしさを思わざるを得ません。
単に音楽が素晴らしい映画なのではなく、脚本が素晴らしい作品なのだという事は強調しておく必要があります。
メイルズ兄弟がカメオ出演しているのも嬉しいです。
なんと、いきなり冒頭にメイルズ兄弟がカメオ出演します。
さて、そんな現在絶好調のスパークスの現在までの歩みを丁寧に追ったドキュメンタリーが日本では同時に公開されているというのも痛快事です。
監督はスパークスの熱烈なファンである、エドガー・ライトです。
劇場最新作は私には不満の出来でしたけども、このドキュメンタリーは掛け値なしに素晴らしいですね。
全編がスパークス愛に満ちているのはいうまでもありませんが、単にバンザイ!バンザイ!とするだけの作品ではなく、なぜ、アメリカの西海岸出身の兄弟でありながら、ヨーロッパでは大人気なのに、アメリカでは今一つ人気がなく、日本では未だにほとんど知られていない(レコード会社の皆さま、頑張りが足りませぬ!)事から始まり、では、何が彼らの魅力なのか?を実に丁寧に解明していくんですね。
メイルズ兄弟のみならず、歴代のバンド参加者、そして、スパークスファンを自認するミュージシャン、挙句の果てにはライト監督自らも出演し、彼らのアルバムをすべて検証していくという、ある意味、王道中の王道をやっているのですが、同じ事をやり続ける事を拒否するスパークスは、もうそれだけで波瀾万丈です。
スパークスの代表作の1つ、『Big Beat』。ジャケットが秀逸なのもスパークスの特徴です。
驚く事にスパークスには、ロックミュージシャンにありがちなドラック、アルコール、セックス・スキャンダルが皆無であり、彼らの人生のほとんどは、音楽に注がれているのですね。
しかも、それはプリンスのような息が詰まるようなストイシズムではなく、実に淡々とした歩みであり、気が付いたら、とてつもない大山河になっていました!という凄さなんですね。
そういうお二人なので、ドラマティックな劇映画にはなり得ないのが、彼らの唯一の欠点(?)なのでしょう。
しかし、作り上げられた、泣き笑いの極上のポップス山脈に人生の波瀾万丈が全て注ぎ込まれているのであり、よって、実生活は実に慎ましくならざるを得ないんです(映画でも出てきますが、ものすごく規則正しく生活していて、無知なワーカホリックもないようです)。
この2作を見ることで、「スパークスとは何か?」という事が一挙にわかると思いますので、どちらもご覧になる事を強くオススメします!
スパークスはこんなに大人気なのです!