リドリー・スコット『ハウス・オブ・グッチ』
見ていてすごく驚いたんですよ。
80歳を過ぎたリドリー・スコット監督が全く枯れていないんですよ。
2022年1月で84歳。未だに創作意欲が衰えない、リドリー・スコット監督。
このところ、映画の制作ペースがイーストウッド並みになってきていますが、日本では前作『最後の決闘裁判』の公開から1年も経っていません(笑)
まあ、Covid-19 で公開予定がぐちゃぐちゃになっているのもあるのでしょうけども、この2作で驚いたのは、かのリドリー・スコット監督が、ここまで黒澤明が好きだったのかという事を臆面もなく告白している事なんですよ。
リドリー・スコットと黒澤明を結びつけて考えた事って、正直、今まで一度もなかったんですけども、この連続すること2作が、それぞれ、『羅生門』、『蜘蛛巣城』である事から最早、スコット監督のクロサワ愛は間違いない。と思いました。
クロサワ、ミフネを世界の人々に鮮烈に印象づけた『羅生門』。
シェークスピア『マクベス』を戦国時代に置き換えた、黒澤明『蜘蛛巣城』。
絵を見た限り、「うわ、クロサワそっくり!」みたいな事はさすがにないですし、「あらら、ミフネそっくりな役作り」もやってません。
さすがに、スコットは年齢的に「オタク世代ではない。
しかし、よくよく考えてみると、黒澤明はかねてから指摘されているように、1920年代のサイレント期のドイツ映画の影響が強いと言われています。
スコット監督の代表作であり、映画史上の金字塔と言ってよい、『ブレードランナー』は、明らかに、フリッツ・ラング『メトロポリス』の世界観の影響を強く受けています。
かの手塚治虫生にも多大な影響を与えた、フリッツ・ラング『メトロポリス』!
クロサワとスコットはどちらもサイレント期のドイツ映画の影響があるんですね(後のスコット監督の映像は、これがだんだん見られなくなりますけども)。
恐らくですが、スコット監督は、年齢的に見て、自身のキャリアの総決算に入り始めていると思われますけども、そこで自分のキャリアに最も強く影響を受けたであろう、黒澤明に敢えて真正面から取り組んだ2作なのでしょう。
本作はすでにニュースやドキュメンタリー番組で知っている方も多いでしょうし、ファッション業界においては、最早、関ヶ原の戦いの顛末くらいの出来事ですから、ネタバレも何も、公然たる事実ですので、どうなるの?のサスペンスは皆無です。
問題は、コレをどう撮るの?どう演出するの?に傾斜しているわけです。
まあ、なんと言ってもレディ・ガガですよね、本作の素晴らしさは。
現在、大河ドラマで三谷幸喜脚本の、『鎌倉殿の13人』の放映が始まっていますが、実は内容が偶然にもカブっております。
レディ・ガガ演じるパトリツィア・レッジャーニはまさに北条政子であり、本作同一人物なのではないのか?としか見ていて思いませんでした(笑)
レディ・ガガは、ほぼ北条政子であり、小池栄子なのだ。という点が重要です(笑)
とにかく、圧がすごく、獣の嗅覚だけで生きているような人物を見事に演じているんです。
パトリツィアは、グッチ家の、マイケル・コルレオーネたる、マウリツィオ・グッチ(アダム・ドライヴァーが演じており、一族のビジネスに関わらず、弁護士をめざしています)にグイグイ接近し、マンマと夫人の地位を手に入れてしまいます。
ココにも至って、ガガ=小池栄子は、小池百合子に風貌まで変わっていくのが、本作最大のキモではないのかと思います。
嫁が旦那をけしかけて、ドンドンと出世していくという構図はまさに『マクベス』であり、要するに『蜘蛛巣城』なのです。
そういえば、アダム・ドライヴァーは、どこか『鎌倉殿〜』の大泉洋とキャラがコレまた被っていて、そこもまたツボです
名門でありながら、隅っこに追いやられているところとか。マウリツィオは自分からそうしている、典型的な下降志向のお坊ちゃまで、頼朝は罪人として伊豆に流罪となっているのですが。
佐殿殿はスケベ殿。という点も同じだったりしますけど(笑)
身も蓋もない言い方ですが、グッチ一族のドロドロ劇ですので(笑)、いくらでも露悪的に描く事はできるのですが、スコット監督は意図的にかなり図式化した構成、キャラクター造形にし(ココがまさに黒澤的です)、ことのほかサクサクと話を進めていきます。
このサクサク感は、川島雄三とか、増村保造などの映画のテイストにちょっと似ていて、実はギトギトデロデロのメロドラマを期待している人々には肩透かしかもしれないですけども、グッチ家の深い傷口に塩を刷り込むような所業である事は間違いないのであり、そこはスコット監督も配慮しているんだと思います。
グッチの創始者、グッチオ・グッチ。息子のアルドとルドルフォが跡を継ぎました。
しかしながら、本作の最大の功労者は、アルド・グッチ(アル・パチーノが演じています)の不肖の息子、パオロを演じる、ジャレット・レトです。
映画ではややすちゃらか社長として描かれる、アルド・グッチ。グッチを世界的なブランドにした大功労者です。
実際はあんな酷い風貌ではない、パオロ・グッチ。東映喜劇におけるフランキー堺の役割です。
正直、言われるまで全くわからないほど別人の風貌になっているのですか(笑)、あの超がつくイケメン俳優が、完全に落武者ルックに信じられないほどダサい服を着ているのですが、彼の完全な「気狂いピエロ」ぶりがとにかく素晴らしいとしか言いようがありません。
この、極端なまでにデフォルメされたピエロが、ドロドロの悲劇を喜悲劇に昇華しており、彼無くして本作のクオリティはここまでにはならなかったと思います。
このところのスコット監督作品はちょっと長いのですが、予想外に胃にもたれない作りであるのも素晴らしかったです。
現在のパトリツィアです。