衝撃のゴダール的わらしべ長者話でした(笑)
クリント・イーストウッド『クライ・マチョ』
なんでこんな素っ頓狂なタイトルなのか?は見てのお楽しみなのです。
イーストウッド監督作品をすべて見ましたが、コレはイーストウッド作品史上、最も緩い作品です(笑)
いやー、驚驚くべき冒頭シーンでした。
それはいるのかと(笑)
「お前はクビだ!」というだけのシーンです。
ストーリーはシンプルというものを通り越していて、ほとんど幼稚園の頃に読んだ、昔話のようでした。
イーストウッド監督には『運び屋』という、メキシコの麻薬カルテルの運び屋をしていたのが、園芸のおじいさんだった。というトンデモ事件からインスピレーションを得た緩い作品がありましたが、久々にイーストウッド本人が主演でもあり、やはり、程よい緊張感のある、佳作でしたけども、本作の、とりわけ前半部の緩慢さとサスペンスの欠如、画面の暗さには、不安を覚えるほどです(笑)。
昔のイーストウッド作品は「画面が暗い」とよく言われ、実際、暗いのですが、本作の前半はこんな感じです(笑)。誰だかわからないくらい暗いですね。
まさか、イーストウッド作品を見て、不安を覚えるとは思いもしませんでした。
イーストウッド演じる元ロデオスターのマイロは、一年前に解雇された牧場経営者から、「メキシコに住んでいる息子のラファエルをアメリカに連れてきて欲しい。経費と報酬ははずむので」という頼みをスンナリ受けてメキシコにやってきます。
コレがですね、なんのサスペンスもないんですよ。
呆気なくメキシコシティにある、ラファエルの家に到着するのですよ(笑)
余りにも何も起きないんで、たまげました。
でですね、ラファエルもそれほど大した苦労もなく、見つかるんです。
もうね、どうしたんだと(笑)
しかしですね、ここから始まる、わらしべ長者級のおとぎ話が始まりまして、テイストがかなり変わってくるんです。
マイロとラファエルのおじいちゃんと孫としか言いようのない交流がだんだんと話しを転がしていきます。
なななんと、ココからなかなか面白くなってくるんですよ!安心しました(笑)!
で、後半にちょっとしたサスペンスとアクションがあるんですね。
おお、キャラハン刑事が久々にチラッと出てきました。
馬を扱うと、流石にマイロは凄腕である事がラファエルにも伝わります。
ネタバレさせたとて、それほど込み入った話でもないので、盛大にネタバレさせても構いませんけども、それはやめときまして、この映画の重要なポイントを言っておきましょう。
ほぼ、わらしべ長者と化すイーストウッドが演じているのは、口の悪い頑固ジジい。という、まあ、ある意味、いつもの彼なのです。
彼が若い頃に演じてきたキャラクターは、良くも悪くもマチズモそのものでした。
ラファエルの闘鶏のパートナー、マチョ。タイトルとのダブルミーニングに担っておりますが、オット、その先は言えねえ言えねえ。
イーストウッドは『許されざる者』以降、しばしば、このキャラクターの贖罪をいくつかの作品で行っていますが、そのピークが『グラントリノ』出会った事は間違いないでしょう。
もうネタバレさこの作品ででイーストウッド演じる老人は凄絶な最期をとげ、しかも、これをもって主演はリタイアすると宣言しました。
しかし、これは『運び屋』によって撤回され、ここでもテーマは家庭を顧みない男の贖罪です。
この作品では、なんと、イーストウッドの実の娘が娘役として出演し、彼女にイーストウッド演じる、家庭を顧みル事のなかった老いた造園家を激しく罵らせるのです。
しかし、『グラントリノ』のような痛ましい最期とはかなり違ったラストが設けられ、イーストウッドの考えが変わった事が伺えます。
さて、本作ですが、イーストウッドは『運び屋』でのラストも更新し、驚くべき方向、すなわち、「わらしべ長者」が始まるのです。
この具体的内容はここでは触れませんが、結論を述べると、それは、「真の世直しとは一体なんなのか?」という事へのイーストウッドならではの結論であり、それは「マチョとは何なのか?」という劇中のイーストウッドのセリフに端的に現れており、コレは元殺し屋を主人公とした、『許されざる者』の結論もなまた修正しているのです。
そして、彼が身をもって示す「世直し」は、それはひいてはアメリカの民主党、共和党を支持する人々双方への批判にもなっているように思います。
老人と少年、そして、クルマと警官と悪党がいれば映画になるのだ。という事も身をもって示してしまった、ほとんどゴダールのような映画でもあります(ゴダールとイーストウッドはともに1930年生まれ)。
タイトルの意味は最後にわかるのですが、映画館で腰が抜けました(笑)
皆さんも是非体験下さい。