レジェンド級の傑作に挑んだスピルバーグに拍手を!

スティーヴン・スピルバーグWest Side Story

 


アーサー・ローレンツ脚本、スティーヴン・ソンドハイム作詞、レナード・バーンスタイン作曲による、1957年に初公演されたミュージカルを、1961年にロバート・ワイズ版、ジェローム・ロビンス振り付けによって映画化され、アカデミー賞を10部門を独占したミュージカルのリメイク。


このリメイクが製作中。しかも、スピルバーグが。というのを映画館の予告編を見た時の率直の感想は、「なんと無謀な」と思いました。


しかも、主演のトニー(アントン)を演じるのが、『ベイビードライバー』のアンセル・エルゴートであるというのも、ますます恐ろしくなってきたのですね。

 

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アンセル・エルゴートの頑張りは評価すべきでしょう。問題はスピルバーグにあると思います。


『ベイビードライバー』はエドガー・ライト監督の現時点の最高傑作であり、2010年代を代表する傑作でした。


なので、怖かったんですね。


どうしても、あのベイビーの素晴らしさとの残酷な比較と更にハリウッドのレジェンドとの比較になってしまうわけですよね。


アンセル・エルゴートはコレからキャリアを積み上げていく役者さんであって、いきなりそんな一番厳しいところに突っ込まなくても。と、心配でならなかったんです。


スピルバーグ本人の失敗は、それほどの事ではないと思ってました。


彼の映画はもはや、自分のカネで作っていて、リスクを自分で取っての制作ですし(超リッチな自主制作映画ですよね、もはや・笑)、彼自身が既にレジェンドなのですから、もうよほどの失敗をしなければ、経済的危機になる事もないわけです。


それでも、何という無謀であろうか。とは思いましたが。


という前置きが矢鱈と長くなってしまっておりますけども、結論から申し上げれば、その不安はほぼ杞憂にすぎなかったです。


とにかくですね、ダンスシーンの凄さですね。


オリジナルは背の高い人たちをキャスティングしているので、ダンスが優雅なんですけども、スピルバーグ版は主演のトニー以外はそんなに背の高い人がおらず、コレは意図的にそのようにキャスティングしているんでしょうけども、それはものすごくスピーディでパワフルな振り付けに大胆に変えていて、何というか、ジャニーズの凄さを見ているような感覚です。

 

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とにかく、ダンスシーンの凄さは素晴らしいとしか言いようがなく、これだけで元が取れています。アニータ役は助演女優賞にノミネートされました。

 


しかも絵としては引いて見せているので、そのダイナミズムを味わうのは映画館ですね。


DVD等で見ると、どうしても音響的にも魅力が相当落ちてしまいます。


さて。


ココからが問題なのですが、それはミュージカルという、ある種のファンタジーとこの作品が描いている人種間抗争や都市問題という、1950年代のニューヨークのリアル(それはジャズ、サルサ、ヒップホップなどとも結びついてくる問題でもありますが、今回は割愛します)の問題です。


私はミュージカル映画というものをそんなに見ている方ではなく、その乏しい経験則に基づいての書いている点をご容赦いただきたく思うのですが、ミュージカルというのは、なんと言っても歌って踊る事の素晴らしさなわけですよね。


余りにも当たり前すぎて、バカみたいですが(笑)、そこと先ほど言ったようなリアルは果たしてどううまく噛み合うのか。という事なんです。


結論から述べると、ミュージカルはこういう問題と構造的にも噛み合わせが良くない事がハッキリしたのだな。という気がつきしました。


プエルトリコ系の人々をワイズ版は白人が肌を浅黒くメイクして演じていたんですが(現在では大変に問題のある手法です)、今作は、完全に中南米の人々でキャスティングされていて、しかもダンスはより素晴らしいですし、スピルバーグの演出が最も爆発しているところです。

 

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オリジナルは、プエルトリコ系のシャークスのメンバーを白人が浅黒くメイクして演じてました。

 

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とにかく、プエルトリコ系を演じる、中南米の人々のダンスは圧倒的!


ココは先ほどの問題に引き寄せると、とてもいい部分です。


しかし、そこが素晴らしいが故に、細かい問題がどこかに飛んでいくといいますか、とにかく身体の圧倒的表現を素晴らしく撮影してしまえばましまうほど、要するに源氏と平氏でもいいですし、赤軍と白軍でもいいのですが、問題が具体的ではなく、とても抽象的になってしまって、現実を穿つているように見えないんですね。


要するに単なるAとBの勢力の対立にしかならない。


それは、プアホワイトである、ポーランド系のジェット団を描く様子も、どうしてもそうなってしまう。

 

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ポーランド系ジェッツのリフはだんだんと魅力的になってくるんですが、ミュージカルとリアリズムはやはり噛み合わせが悪いのではないかと。。


ミュージカルという性質上、歌とダンスが優先されるのですから、難しい事を論じさせる事がどうしても困難でもし、それをやりながらもダンスシーンがあったりしたら、映画があっという間に4時間くらいになり、ボリウッド映画になっていしまいます(スピルバーグが作ったボリウッド映画というのはとても興味がありますが)。


スピルバーグ版が盛り込んだ、トランスジェンダーの問題、ポーランド系の人々の苦悩(コレは現在の白人のホワイトカラー層とダブらせているものと思われます)が全部、ミュージカルという構造を食っておらず、ふりかけの役割にしかなっていないんですね。


コレはスパイク・リー監督『アメリカン・ユートピア』に唐突に挿入される、デイヴィッド・バーンの主張と果たしてどういう整合性があるのか?という、ジャネール・モネイの黒人差別を告発する歌のシーンと同質なものを感じざるを得ないです。


実は、ちゃんと社会的テーマとミュージカルが完全に噛み合った映画は存在します。


それが、スタンリー・ドーネン監督の、コレまたレジェンド級の作品『雨に唄えば』です。

 

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余りにも有名なシーンですか、ココがクライマックスではない事はあんまり知られていないのでは。

 

この作品が巧みなのは、映画がサイレントからトーキーに移行する時代のハリウッドを描いている事でなんです。


この映画はジーン・ケリーが雨の中で歌って踊るシーンばかりがフィーチャリングされてしまい、なんだかもう見た気になってしまう映画のチャンピオンだと思うのですが、サイレント映画からトーキーに移行する事を描いており、それはすなわち、トーキーでカラーであるミュージカル映画であるという構造と密接な内容になっていて、トーキーである事、カラーである事が作品と不可分なのです。


こういう構造レベルにおける更新はスピルバーグ版には特になく、ダンスシーンの更新。という、無難なレベル(とはいえ、それはとてつもない水準なのですが)にとどまっているように私には思います。


スピルバーグや脚本の苦心と努力は認めつつも、構造の問題にいたることがなかった点が私には少々不満でした。


また、ダンスシーンを素晴らしくするために、メインキャストの体格が大体同じで、衣装もリアリズムを追求するあまり、みすぼらしい格好に変更されているので、しばらく登場人物のアイデンティファイがしづらいのも難点です。


コレに対し、トニーがベイビーフェイスなのに飛び抜けて身長がデカい(あんまりダンスシーンがないから。というのもあるのでしょう)という事で際立つようにしてますが、『ベイビードライバー』ほどの魅力に達していなかったです。

 

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マリアとトニーはかなりの身体差があります。


しかし、オーディションで選ばれたマリアを演じたレイチェル・ゼグラーは素晴らしかったです。

 

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マリアの素晴らしさが光りました!


前作にも登場したリタ・モレーノがとてもいい役を演じたのはとても素晴らしいですね。


ベルナルドのリアルさは私にはむしろトゥーマッチで、見せなくてもいいものを見せられている気がしまして、私はファンタジックな美しさを持つ、ジョージ・チャキリスがどうしても素晴らしく思えます。


私にとって、ミュージカルは素晴らしきファンタジーであるという事なのでしょうね。


ココがそうではないという方には私の評価は逆転するでしょう。


と、結構な問題を指摘しましたが、現在、これほどの格調を持った作品を作る事ができる監督はいないです。

 

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