中国都市部の激変/農村部の無変化がよくわかる作品。

賈樟柯ジャ・ジャンクー)『罪の手ざわり』

 

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コレだけ見ると、ジョン・ウーみたいですが、そういう映画ではありません。しかし、コレが冒頭です(笑)。

 

原題に英語のタイトルがついてまして、コレが「A Touch of Sin」と言うのですが、多分、オーソン・ウェルズ黒い罠』の原題、「A Touch of Evil」から取っているのでしょう。

『山河ノスタルジア』でもお馴染みの山西省重慶(省には属さず、直轄市です)、を舞台にしたオムニバス的な映画です。

それぞれのお話しに関連性はないんですが、当時人物が何気なくすれ違ったり、偶然同じ場所にいたりして、時間は大体共有されています。

ダーハイという、山西省の村の炭鉱夫は、不正を働いている村長を共産党の中央(中南海といいます)に訴えようとしてします。

 

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ダーハイ。

 

しかし村人たちはそれを知りながら、見て見ぬ振りをしているんですね。

腐敗の構図というのは、いつの時代もそういうものですが、ダーハイはそれが許せません。

村の実力者側、すなわち、共産党の党員という事ですが、彼を買収しようとします。ダーハイは結局カネを受け取ってしまいます。

共産党の腐敗ぶりは末端にまで及んでいるんですね。

そんな村で京劇をやっています。

水滸伝』の林冲(元々禁軍の師範だったほどの人物で棒術の達人です)が宋朝の宮廷で実権を握る高俅の部下を義憤によって惨殺してしまったため、悪漢たちの集う、梁山泊に逃げざるを得なくなるという場面ですね。

音楽こそ違いますが、完全に歌舞伎と同じです。

というか、コッチがオリジナルなのでしょうね。

そんな中、ダーハイも、『水滸伝』の英傑のように(?)、自宅にあるライフル銃を手に取ります。

まさに、『タクシードライバー』のトラヴィスです。。

 

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ココだけ見ていると(以下省略)

 

本作の事件はすべて実際に起こった事件らしく、それ故に本作は未だに中国では公開されてないそうです。

ラヴィスは村長が炭鉱を勝手に資本家に売却してそのカネを独り占めしている事に関係している人間をライフルで次々と射殺していきます。

かなり関係ない人まで殺してしまっていて、もうめちゃくちゃなのですが、中国の田舎は、ライフル銃担いで歩いていても、誰も驚かないんですね(笑)。

村長を殺したあとは歯止めがきかかなくなっていきます。

 

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ラヴィスは村長まで殺してしまいます!

 

こんな中国映画、初めて見ました(笑)。

そして、次のお話しは、冒頭で山賊を拳銃で返り討ちにしていた男、チョウの話に移ります。

彼は重慶の郊外の農村に住んでいるようで、重慶の方はものすごい高層ビルか立っているのに、村は貧しいまんまという、露骨なまでの格差を写します。

 

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人を殺す事をどうとも思わなくなっているチョウ。

 

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重慶の郊外はこんなにど田舎です。。

  

彼には妻と息子がいるのですが、やはり、生活は苦しいようです。

村の連中もみな出稼ぎで生活しています。

チョウの生業は強盗で、いきなり射殺して、カネを強奪するという荒っぽい手口です。

この、ジャ・ジャンクーのバイオレンス描写は、北野武の影響がかなりありますね。

とても乾いていて。

さて、次は、ジャ・ジャンクー作品の常連である、チャオ・タオ(趙涛)演じるシャオユーの不倫です。

 

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シャオユーと不倫相手ですね。

 

彼女の仕事は広州のラブホテル兼風俗サウナみたいな所の受付係でして、やはり、郊外の農村に住んでます。

中国は都市部から少しでも離れると、シャレにならないほどの荒地みたいなところになるのが、絵としてものすごいインパクトで、日本で2000年代からしきりに言われるようになった「格差社会」(実際の日本の経済格差は1980年代からもう始まっているのですが)など、中国に比べたら、どうという事はないんですね。

その事をもっと強烈に描いているのがワン・ビン王兵)ですが、ジャ・ジャンクーは、もう少し穏当な描き方です。

札束で引っ叩く。という表現がありますが、ホントに札束で頬を叩いているのを見ることはそうないと思いますが、チャオ・タオは成金の客にホントに札束でボコボコに叩かれます。

とにかく、この映画の暴力は、かなり即物的で、タメがなく、一挙に始まります。

この脚からの理不尽な暴力に逆上して客を殺してしまうんですが、ちょっと藤田敏八の名作『修羅雪姫』入っていて強烈です。

 

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修羅雪姫

 

最後はクリーニング店に勤める湖南省出身の青年、シャオホイのお話なのですが、コレは実際見ていただきましょう。

ビックリしますよ。中国はこんな事になってるのかと。

 

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木下恵介『日本の悲劇』ならぬ、『中国の悲劇』を淡々と、しかし、淡々としているが故に痛々しさが伝わりますが、私には、包み隠さない、今の中国のロケーションが写り込んでいるのが、やっぱり面白かったですね。

農村は、ほとんど魯迅の小説の世界と未だに何の違いもないように見えながらも、シカゴブルズの帽子をかぶっていたり、iPadを持っていたりと、そのアンバランスが面白いですね。

周恩来の頃から中国は、サハラ以南のアフリカ諸国との外交に熱心なのですが(中国は帝国主義と戦って勝利し、アメリカと対峙している国に見えるので、アフリカ諸国は、中国の事をリスペクトしてるんですね。反米の国が多いんです)、チラッとアフリカからの出稼ぎと思しき人も出てきて、とにかく、ものすごいスピードでアンバランスに変化しているのが、よくわかります。

本作で重要なのは、最初と最後に出てくる京劇です。

最後に流れるのは『玉堂春』という演目と思われますが、この劇の内容がそのままこの映画の内容につながってしまうので、ココでは説明はカットしますが、このような劇や音楽の使い方が、『山河ノスタルジア』で更に効果的となっておりますね。

 

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モーレツな生命力溢れる傑作。

エミール・クストリツァ『黒猫・白猫

 

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 こういう、ひどいのにユーモラス。という表現がホントにうまい監督です。

 

相変わらず、冒頭から猥雑で騒がしい作風は一貫していて、画面を覆い尽くしている生命力がものすごいですね。

 

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何度も唐突に挿入される、車を食べる豚。生命力を象徴してるんですね。

 

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こういう、意味不明な猥雑さがクストリツァの魅力です。

西ヨーロッパの人々には全くない濃厚さが、同じ「ヨーロッパ」というくくりでも、バルカン半島は全くの別世界である(言語もかなり違いますね)事を強烈に印象づけます。

ストーリーはごくごくシンプルに言いますと、ジプシーのサグライフと彼ら彼女らのリアルを描いているのですが、何しろクストリツァですから(笑)、今村昌平フェリーニを足して10倍に濃縮したみたいな感じです。

ヤクザなマトゥコが、ギャングのダダンにカネを騙し取られ、息子のザーレはダダンの妹と結婚させられそうになっています。

ダダンは強欲な悪党で、マトゥコの父であるザーリェからガソリンスタンドを買い取っており、カネを持っている事を知っていて、そのカネすら巻き上げようとしているんですね。

しかし、ダダンは、カネを払う代わりに妹のアフロディタとザーレを結婚させるのだったら、カネは払わなくてもいい。という条件を提示してきたので、マトゥコは仕方なくこれを承諾してしまいます。

 

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ダダンのジャイアンぶりが楽しいです。

 

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 マトゥコとゴッドファーザー。いつもファンキーな電動車椅子に乗ってます。

 

しかし、ザーレにはイダという恋人がいますし、アフロディタは勝手な婚約に大反対です。

 

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イダとザーレ。

 

という事です、ここから結婚狂想曲がしっちゃかめっちゃかに展開していきまして、ココが見どころです。

 

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2人は無理矢理結婚させられてしまうが。。

 

こういう話は多少強引な方が面白いわけですが、強引な展開はクストリツァの得意とする事ですから、まさに水を得た魚状態。

とにかく、痛快極まりない映画でございました。

 

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 とにかくハッピーエンドなんです。

 

 

 

 

もはやSF映画の古典!

リドリー・スコットブレードランナー ファイナルカット

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ドゴォォォォ〜ン!!

 

1982年に公開され、未だに世界中のクリエイターに多大な影響を与え続けているSF映画の金字塔。

2019年の11月のロサンジェレスのお話しですから、もう間もなく時代が追いついてしまいますね。

ロサンジェレス。と言えば、あのカラッとした太陽と美しいビーチとハリウッド(と、ビーチ・ボーイズ)のおかげで、全米でも屈指の人種、宗教のるつぼであり、日本人が知る「アメリカ」のイメージは、ニューヨークよりも、ロサンジェレスの方が今日では強いのかもしれません。

しかし、本作のロサンジェレスは、人種と宗教のるつぼである事は更に進んでいますが、全シーンがほぼ厚い雲に覆われていて、雨ばかりが降っている、恐ろしく陰鬱な街です。

 

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どんよりとしているのに美しいという独特の頽廃美を作り出したシド・ミードダグラス・トランブル、撮影監督のジョーダン・クローネンウェスの仕事は特筆すべきでしょう。

 

しかし、1950年代くらいまでのロサンジェレスって、市警が腐敗しきっていて(それはその後も変わりませんが。。)、治安は悪いし、乾燥した気候ですから、風景もかなり殺伐としてました。

コレをうまく取り入れたのが、1940~50年代に大変に流行した「フィルム・ノワール」ですね。

ここから大スターになったのが、ボギーこと、ハンフリー・ボガードです。

第二次大戦後のフランス映画も、このフィルム・ノワールに憧れて、ジャック・ベッケル現金に手を出すな』とか、ジューフズ・ダッシン『男の闘い』と言った傑作が作られたんですね。

本作は、まず、そういうハードボイルド作品が下地にある点がユニークであり、また、サイレント期の大巨匠である、フリッツ・ラングメトロポリス』を彷彿とさせるレトロ・フューチャー感が満点で、ツヤツヤ、ピカピカしたSF映画の映像を変えてしまいました。

 

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メトロポリス』より。かなりレイチェルしてますよね。

 

こういう暗い世界観は、大友克洋AKIRA』でも展開しますが(奇しくも、2020年に東京オリンピックが行われようとしている、2019年からお話が始まるのです!)、両者は、フランスの漫画家、メビウスの影響を相当に受けているんですね。

 

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映画『AKIRA』より。『ブレードランナー』とよく似ていますが、連載は1982年開始ですので、パクりようがないです。

 

話のスジ自体はものすごくシンプルで宇宙船を強奪したレプリカント5名(一名はデッカードが捜査すると前に死亡しています)が地球に潜入してきたので、コレを処分すると事を専門とする、「ブレードランナー」である、ハリソン・フォード扮するデッカード捜査官がコレを処刑していく。というお話しです。

 

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2つで充分ですよ!と叱られるデッカード

 

今回見直してみて気がついたんですけども、デッカードレプリカントのレイチェル恋愛が実にうまくできてるなあ。と思いましたね。

 

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レイチェルの役はショーン・ヤング以外は考えられないですね。

 

デッカードは、反抗したレプリカントを処刑する。という仕事をしているわけですから(人造人間とは言え、外観は人間と全く変わりません。恐らく、それがイヤになって一度ブレードランナーを辞めています)、レプリカントに感情移入すると職業倫理がグチャグチャになりますよね。

ですから、レイチェルにとても冷たいんですね。

 

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 陰鬱で人間味のない世界であるからこそ、立ち上がる「人間的なもの」が本作のテーマです。

 

しかし、2人は結局接近していく事になり、最後は2人で逃亡してしまうんですけども、殺し屋という荒んだ職業をしているデッカード人間性を回復させていくのがレプリカントというところが本作のかなり倒錯したところです。

また、レプリカントのリーダーである、ロイ・バティが最後にデッカードを助けて寿命が尽きてしまいますけど、わずか4年という寿命しかないレプリカントが生きていた存在価値は、実は、他人のために尽くすという事であり、であるから、ロイは安らかに死んでいったのだと思います。

 

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ロイとプリス。2人は長生きして子供を作りたかったのでは。

 

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タイレル博士とロイ。「寿命を延ばすことはできない。短い人生を楽しめ」

 

もう散々語られている圧倒的な映像美に関しては、今更私がいうまでもない事なので、何も言いませんが、2049と見比べた時、2049が余りにも安っぽいのに愕然とした事は記名しておかねばならないでしょう。

 

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2049よりも2297かも?

ジョン・ブアマン未来惑星ザルドス

 

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このメタルなタイトルロゴがジワジワきます。

 

ショーン・コネリーはジェイムス・ボンド役をやめてからややしばらく低迷期がありましたが、恐らく、本作がコネリーの底値であったでしょう。

そして、ここからが反転攻勢でありました。

本作はカルト映画という文脈で語られるべき作品ですが、しかし、コネリーしても、シャーロット・ランプリングにしても脚本を読んで納得して出演したというのが信じがたい怪作/快作です。

ブアマン監督は、ある種の文明批判として、この極端なSF作品をイギリス人らしいヘヴィてドープな感覚で撮ったのだと思いますが、ある意味、『キン・ザ・ザ』よりもぶっ飛んだ映画になってしまっていて、笑うことすらできないブラックさに満ち溢れています。

日本の低予算特撮も真っ青なデザインセンには、経済が低迷しきった当時のイギリスがそのまま重なりますが、そのバットセンスが次第にスウィスフト級の風刺の世界に直結していくところが本作の真骨頂でしょうね。

2297年。

人類は大激変が起きているらしく、少数の人類は、「ボルテックス」というコミュニティを作って不死の存在となり、それ以外の、大多数は原始時代のようになり、ボルテックスの人々は、この野蛮人となってしまった人類が増えすぎないようにコントロールするために、「ザルドス」という神を作り上げ、野蛮人たちの一部に武器を与えて殺させるという、トンデモな世界になっていました。

 

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ザルドス!

 

ボルテックスの人たちは死ぬこともなく、労働からも解放されているので、チンコの研究をするとか、もうどうしようもなくなっているんですね(笑)。

 

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チンコの研究をしている、シャーロット・ランプリング

 

ここまで極端ではないですが、富野由悠季ザブングル』は、この構図の作品ですね(こちらはグッドデザインのグッドテイスト作品ですが)。

ショーン・コネリー演じるところのゼッドは、この野蛮人の処刑人をやっているのですが、ある日、このボルテックスに侵入します。

 

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コレはいかんでしょう(笑)。

 

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 全米ライフル協会が大推薦しそうな世界です?

 

その侵入の仕方がすごいんですけども(笑)、それは見てのお楽しみということで。

初めは迷い込んできたフリをしているんですが、実はそうではない事がわかってきます。

ゼッドは、ある時、野蛮人狩りをしていると、書庫を見つけます。

彼は何とかそこにある本を一生懸命読むんですね。

そして、ある本に出会った時、ザルドスの秘密を知ってしまい、彼は「神殺し」を決意したんですね。

つまり、ゼッドは初めからボルテックスの世界を破壊するために侵入していたんです。

極端な設定とモンティ・パイソンもびっくりなバッドテイストは、この文化人類学や心理学でも普遍的なテーマを際立たせるためのもので、そこにこそ、ブアマン監督の意図があったわけです。

 

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全編こんな調子なので、もうこんなのは普通です(笑)。

 

そんなゼッドの意図がボルテックス側にわかってしまう事により、ボルテックスの世界は大混乱に陥っていくわけですが、コレは見てのお楽しみです。

ショーン・コネリーは終始ふんどし一丁とかつらで頑張っているのですが(笑)、やはり、特筆すべきはシャーロット・ランプリングのドSな目つきでしょうね。

 

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人間にとって死とはどういうものなのか?を『ブレードランナー』とはまったく違うアプローチから成し遂げた、実は『ブレードランナー』と同じくらい重要なSF作品。

 

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Grateful Dead.

努力賞はあげてもよいでしょう。

ドゥニ・ヴィヌーヴ『ブレードランナー2049』

 

※公開したばかりですので画像は一切ございません!あしからず!

 

まさかの『ブレードランナー』の続編。

タイトル通りの30年後のロサンジェレスを描いておりまして、前作のラストのデッカードとレイチェルの失踪がお話しの中心となります。

冒頭で説明されますけども、タイレル社は、暴動や反乱ばかり起こすレプリカント(ネクサス8型)の製造は禁止されてしまい、タイレル社も倒産してしまいます。

しかし、それをウォレス社という、なんだかモンサントを彷彿させる会社が「大停電」に伴う食糧危機の後に台頭し、宇宙への植民地経営が進んでいくことで桁外れに巨大な企業となり、それに伴ってタイレル社のノウハウはすべてウォレス社のものとなりました。

ウォレス社は宇宙植民や地球での労働力を確保するために、新型レプリカントの生産を行い、日常生活にもレプリカントが溢れるようになりました。

それに伴い、ネクサス8型は旧型として違法な存在となり、ブレードランナーに処刑されていくことになります。

主人公のKはウォレス社の新型レプリカントブレードランナーです。

前作のデッカードは、レプリカントなのか?どうなのか?という所をハッキリさせてませんでしたけど、ライアン・ゴズリング演じるKは、レプリカントです。

つまり、新型が旧型を始末する。という、かなり残酷な構図になっています。

そんなKがある旧型レプリカントの処刑時に、木の下に埋まっているのスーツケースのを発見します。

中身は完全に白骨化した遺体なのですが、なんと、コレがレイチェルである事が判明します。

なんともショッキングですが、ココでKとデッカードがつながってくるわけなんですけども、さらに驚くべきことに、どうやら、レイチェルの死因は出産であった事が遺体から推測されました。

タイレル社のレプリカントは、とうとう妊娠する。という事すらできるようになっていたという事実が判明(それはデッカードとレイチェルの間に子供ができたという事です)したという事ですね。

実は、この事をウォレス社の社長のウォレス氏も察知していて、秘書として使っているレプリカントのラヴを使って、デッカードと子供の捜索をさせます。

本作の基本構造はコレでほぼ明らかになりましたけども、本作を理解するためには、どうしても前作の内容を知らなくてはいけないので、『ブレードランナー』についても言及しなくてはなりません。

前作の『ブレードランナー』は、とにかく、近未来世界をどう見せるのか?という事がまず何をもってもとてつもない作品でした。

シド・ミードがデザインした2019年のロサンジェレスは、その後の近未来SFの世界観を一変させてしまったと言っても過言ではなく、また、ほとんど曇天と夜のシーンで酸性雨が降り注ぐような、環境破壊が相当進んだ陰鬱かつスタイリッシュな映像のインパクトは今もって強烈であり、コレに影響を受けたクリエイターは世界中におります。

ブレードランナー』を全く見たことのない人が見ると、「元ネタは全部コレだったのか!」と驚くに違いありません。

フィルム・ノワールとサイレント期の傑作『メトロポリス』が融合したような、独特の世界観は、現在の近未来の表現の基本となってしまいました。

そのような金字塔的な作品の続編を、リドリー・スコットが製作総指揮して作られる。という話しを聞いた時、正直、無謀だと思いました。

あの大傑作に匹敵する映画など作れるとは思えなかったからであり、とんでもない失敗を見せられるのではないのか?としか思えませんでした。

しかし、それはほぼ杞憂と言ってよく、気鋭のカナダ人映画監督、ヴィヌーヴは、160分もの時間を使って、ジックリと「コレが30年後の世界なんですよ」という事を、言葉で説明するのではなく、映像で丁寧に丁寧に見せていくのがとても誠実な作りでした。

酸性雨が降り注ぐ陰鬱なロサンジェレスはそのままに、前作ではほぼ描かれていないその外側が描かれ、あの閉塞感タップリな小宇宙的な世界がもう少し俯瞰して見えるようになっているのと、合間合間に出てくるテクノロジーの30年間の微妙な進歩(あるいは退歩)を見せているのは、好感が持てました。

あの、「ブレードランナー光」とも言えるあの独特なライティングは、ほぼ封印し(チラッとだけ使ってるシーンがありますが)、はしゃぎ感をなくしているのも良かったです。

そういう細かい積み重ねがこの世界にドップリはまっていけるかどうかの分岐点ですね。

しかし、この昨今のハリウッド映画に逆行するようなタイム感覚こそが本編の魅力であり、それは、新作でも忠実に引き継がれていて、好感がもてます。

という事で、あの金字塔の名を汚す事なく、30年後のやっぱり救いようのない世界のレプリカント達の一筋の希望(しかし、それは人類にとっては危機的な問題なんですけどと)。を描いたSF作品でありましたけども、若干の不満も申し上げておきましょう。

それはなによりも音楽です。

前作のあの暗い映像(好きになってしまうとそれが堪らなくなってしまいますが)に潤いを与えていた、ヴァンゲリスの音楽は、明らかに名作に高めるためにかなりの貢献をしたものと思いますが、ハンス・ジマーベンジャミン・ウォルフィッシュの音楽は、音楽というよりも激越な音響であり(実際の音響効果もものすごい低音がききまくってます)、私には、ちょっとキツかったです。

ハンス・ジマーの仕事ぶりは、クリストファー・ノーランの諸作で聴けますが、この圧迫音楽はハッキリ言って私はやりすぎと思ってます。

なので、その轟音音響効果とサントラがエゲツないくらいに劇場を圧迫いたしまして、なんというか、ハードコアなクラブに来ているのか、池田亮司のコンサートに来ているのか?と錯覚してしまうほどで、ちょっと勘弁してもらいたかったです。

シナトラ、プレスリーが出てくるのが嬉しかったですが、必然性は感じません。

ヴィヌーヴには、音楽への愛が少々足りないのではないでしょうか。

あと、アクションとかバイオレンスの説得力が、前作よりも明らかに落ちます。

ブレードランナー』は、アクションシーンがとても少ないのですが、しかし、そのインパクトがホントに強烈で、ここだけでリドリー・スコット監督は歴史に名前を残してよいくらいコワイんです。

レプリカントのロイ・バッティを演じるルトガー・ハウアーのジワジワと伝わってくるあの怖さは、映画における悪役史に残る名演ですが、やはり、コレに匹敵する怖さは、今回はなかったです。

レプリカントレプリカントというシーンが多いので、アクションはド派手になりますが、それに反比例して怖さはなくなっているのが不満ではあります。

この辺は、『攻殻機動隊』の影響が逆輸入されてしまったのかな。という気はしてます(映像にもチラチラと押井守の影響を感じます)。

また、ネタバレになるので詳しく事は書きませんが、唐突に出てくるあの反乱軍とその依頼、そして、その物語としての解決は、私はちょっと弱いと思います。


こういう不満もありがながらも、とても長い映画でありながら、一切ダレることなく長さを感じさせずに見ることができたのは、ヴィヌーヴの力量はものすごいものがあります。

本作だけを見ても楽しめるように作られますが、やはり、『ブレードランナー』を見たほうが明らかに面白いと思いますので、是非両方ともご覧ください。

 

2049は70点、2019は400点というのが、私の率直な評価でございました。

 

 

 

モンティ・パイソン好きな人には超オススメ!

トニー・リチャードソントム・ジョーンズの華麗な冒険』

 

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この少年の数奇な人生?を描く

 

コレは忘れられた傑作だと思います。

アカデミー賞の作品賞、監督賞を含む4部門も受賞している割には、極端に知名度が低い作品ですね。

原作が18世紀のイギリスの小説だからでしょうかね。。

トニー・リチャードソンはかなりシニカルな資質を持った監督だと思いますが、その資質が完全に陽性の方に振り切れて絶好調な作品となったのが本作で、とかくシリアスな作品に甘いアカデミーが例外的にこんな躁病的な作品に賞を与えたという事実それ自体が、喝采モノです。

主人公トム・ジョーンズの出自をサイレント調でササっと片付けてしまう鮮やかさ。

長じて、男前で女たらしとなったトム・ジョーンズを、イギリス映画独特の、あの、ジワジワとくる感じで前半は描きます。

 

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色男のトム・ジョーンズ。これで主演男優賞取れなかったのは信じられないなあ。

 

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 ウェスタン家のソフィーと恋仲になるが、

 

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モリーとの関係がトムの人生を転落させる事になる。

 

表面上は『モンティ・パイソン』を思わせるようなユーモラスさなのですが、その根底に底意地の悪さというか(モンティ・パイソンもそういう番組ですけど)、権威とか権力をバカにしきってますよね。

このジョーンズが計略によって養父の大地主のオールワージ氏から勘当されてからが、もう躁病的に面白く(ロンドンというのは、18世紀はこんなにキタナイ都市だったのかと唖然とします。しかも、テーブルマナーなどなく、手づかみで食べてるんですね)、余計なことは一切飛ばして、猛スピードでお話が面白いように転がっていきます。

 

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テーブルマナーなど、まだ地方ではなかったんですね。。

 

しっちゃかめっちゃの、ドタバタ恋愛喜劇になっちゃったりしてからにてして、こんな陽気な作品がアカデミーというのは、ホントに快挙でありますぞ。

当然、チャンバラもございます!

原作はかなりの長編なのに、2時間くらいの映画にチョンチョーンとうまいこと畳み込み、恐ろしくご都合主義にハッピーエンドになだれ込む演出は、半ば呆れてしまいます(笑)。

リバイバル上映あったら、映画館で大笑いしながら見たいですなあ。

本作同じく、18世紀のイギリスを描いた、スタンリー・キューブリック『バリー リンドン』を見比べるのも面白いですよ。

 

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 原作の編集ぶりが秀逸です。

 

ある青年の成長を描く傑作。

ウァウテル・サレス・ジュニオールモーターサイクル・ダイアリーズ

 

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ブエノスアイレスからカラカスまでの旅を描く。

 

ゲバラが生化学者である先輩のアルベルト・グラナード(後に、ハバナにサンチャゴ医学校を創設した偉人です)と一緒にバイク一台で南米を旅行したという事実に基づいたお話し。

ゲバラはこの時の旅行を日記にしていまして、その道中は、わかっています。

グラナードも後に旅行記を本にして出版しています。

革命家の鱗片すらない、ブエノスアイレス医学生(専門はハンセン病でした)であったゲバラは23歳。

 

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 エルネスト・ゲバラ。実はキューバ人ではないんですね。

 

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キューバ革命を成し遂げた後の実際のチェ。ものすごい男前!

 

お坊っちゃまだったんですね。

あんまり知られてませんが、アルゼンチン人でした。

そういえば魯迅も医者でした。

東北帝国大学の医学部にいたんです。

 

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映画ではお調子者役になっているグラナードですが、大変な人物です。

 

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なんと、グラナードは2011年まで存命で、キューバの医療に尽力した偉人でした!

 

現在のように、道路が舗装されているわけではないし(よく転んでます)、ドライブインもコンビニもありませんし、街だってそんなにないんですから、相当大変です。

その大変な道中を描いたロードムービーです。

 

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しかも、ゲバラは喘息もちでしたから、かなりキツかったはずで、そういうシーンは出てきます。

チリでとうとうポデローサ号は使いものにならなくなり、クズ鉄として売るしかなくなりました。

なんと、途中から徒歩になっていたんですね。

その途上で出会った共産主義者の夫婦。

そして、銅山。

 

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ペルーのインディヘナとの出会い。

様々な、理不尽な地主たちの弾圧。

こういう出会いが、ゲバラの中で何かを変えていったのでしょうね。

特に重要だったのは、ペルーにあるハンセン病の人々を収容する施設でしょうね。

後にカストロとともにキューバ革命を成し遂げてしまう偉大な革命家ではなくて、真面目で感受性豊かな医学生が南米各地をの厳しい現実をじかに目にする姿を、淡々と描いているところにとても好感が持てました。

お坊っちゃまのゲバラ青年が旅を経て、だんだん私たちの知っているゲバラの顔立ちに近づいてくるのが、とてもうまいですね。

次第にラテン・アメリカ諸国の団結に目覚めていきます。

ゲバラを演じるガエル・ガルシア・ベルナルの繊細さが光ります。

いろんな場所で音楽やダンスのシーンが出てくるんですが、やはり、素晴らしいです。

 

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プロデューサーは、ロバート・レッドフォードで、監督はブラジル人というのもとても面白いですね。

 

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