角川アイドル映画と思ったら、とんでもないしっぺ返しを食らいますぞ!

大林宣彦時をかける少女

 

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この映画を彼女の引退作品とするつもりが大当たりしてしまいました。

 

筒井康隆原作の小説の映画化(結局、筒井作品で未だにコレが一番有名なのでしょうか?)

原田知世初主演にして角川映画。という所に苦手意識が猛烈に上がりますが(笑)、大林監督は自分の与えられた環境でいかに好き放題やるのかという事にかけては天才的な人で、冒頭から白黒撮影に一部着色した映像を作るなど、実験精神旺盛です。

 

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同時上映が薬師丸ひろ子松田優作ダブル主演の『探偵物語』で興行収入が手堅かった事で、映像的にかなり攻めた作品にしました。

この、そんなに期待されてないチャラいアイドル映画という免罪符を使って実験してやろうという不敵な精神が侮れません。

この作品は、実は大林監督のライフワークの一つである、「尾道もの」でして、最初の3部作の第2作目にあたります(『さびしんぼう 』が第3作目です)。

 

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とにかく、ロケーションがうまい!聖地巡礼」の先駆でしょうね。

 

それにしても、原田知世の可愛らしさ、初々しさ!

 

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弓道のシーンなどなど、サービスも忘れません。

 

タイトル通り、時をかける能力が、土曜日の理科室の掃除の時に原田知世に発動してしまうのですが、そのその契機となる、明らかにマルセル・プルースト失われた時を求めて』のパクりである、「ラベンダーのにおい」(プルーストは「マドレーヌのにおい」ですが)という、1980年代とは思えない、前時代的なロマンティックな設定(それは尾美としのり演じるクラスメートの「醤油のにおい」というセリフもリンクしてきます)が、なぜが大林演出の中では無理なく共存できるのかが、面白いです。

 

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 「ラベンダーの香り」とは?

 

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やはり、尾美としのりがクラスメートととして出演してます。

 

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さびしんぼう 』でも高校教師役だった岸部一徳

 

事前に知っても瑕疵のない程度に核心部を言うと、この彼女の「時をかける」という能力によって、彼女自身が記憶を改変していた事に気がつくんですけども、ココにタイムパラドクスがとても上手く使われているの所がホントに唸りました。

SFの「F」を見事にファンタジーにしてしまったんですね。

アイドルを前面に立てた、チャラい映画だと思っていると、とんでもない返り討ち(そして、それは見事で嬉しい返り討ちです)を受ける事必定の、大林宣彦の代表作にして、原田知世を一躍スターにした作品。

なんと、ラストはPVで終わるというギャフン感で照れ隠しをしてます。

 

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 戦前の映画スター上原謙入江たか子

 

 

 

大林マジックが炸裂する、見事な青春映画

大林宣彦さびしんぼう

 

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まさに大林作品にとってのジャン=ピエール・レオーである、尾美としのり

 

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なんと、1人4役の富田靖子

 

尾道を舞台とした、いわゆる「尾道三部作」の第3作目。

主人公尾美としのりは、明らかに大林宣彦自身の分身でありますが(アントワーヌ・ドワネルですよね)、舞台こそ彼の故郷である尾道ですけども、彼の生きた時代ではなく、あくまでも現代にしています。

現在も名脇役として活躍する(宮藤官九郎脚本のドラマ、『あまちゃん』や『監獄のお姫様』でもいい味を出してました)、尾美が高校生役なのですから、もうこの映画も随分昔の映画になってしまった事に驚きますが、まるでキャメラと音楽が踊っているような大林演出は余りにもうまくて、真底驚きますね。

 

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 おバカな男の子たちを撮らせても天下一品!

 

ファンタジーというものの本質を掴んでいるので、どんなに飛び跳ねても揺らがないものがあります。

佐校長室のオウムの「雨にも負けず」をマッシュアップするおかしさ、浦辺粂子のとぼけた味わいなどなど、所々に配置されるギャグとともに大林監督の暖かい目線がいいですね。

 

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佐藤允が校長先生なのも(笑)。

 

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 本作のお約束となるシーン。

 

当時、フジカラーのCMに出ていた樹木希林をお正月のシーンに使ったり、その娘役の小林聡子とのからみで、尾美としのりが階段から転げそうになったりするシーンはちょっとニヤリとさせられます(『転校生』の階段から2人が転げ落ちるシーンを踏まえているわけです)。

 

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まさかフジカラーのCMのパロディ。

 

さびしんぼう」を演じる富田靖子の圧倒的な可愛らしさと天真爛漫さは、本作を切ないファンタジーにするのに貢献しています。

 

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チャップリンのような、フェリーニ『道』のジェルソミーナのような存在の「さびしんぼう」の素晴らしさ。

 

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富田は近所の女子高生役も演じています。

 

これ以降、富田は今ひとつパッとしませんが、故に本作が光り輝くのです。

この「さびしんぼう」とは一体何なのかは見てのお楽しみですが、大林監督は、「恋をすると誰しも『さびしんぼう』である」といっている哲学を具現化した存在です。

 

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父親役の小林稔侍がいい味を出してます。

 

ショパンの「別れの曲」がシツコイぐらいいろんな変奏で使われるのもうまいですねえ。

とにかく前半のコミカル、後半の切なさが一挙に進んでいくうまさには舌を巻きました。

未だに創作意欲が衰える事を知らない大林宣彦の美しい青春映画です。

 

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 大林ファンタジーの1つの到達点でしょう。

 

いやー、コレは盲点突かれました。

チャン・ゴンジェ『ひと夏のファンタジア』

 

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キタノ映画っぽいといか、Production I.G.というか。

 

監督は韓国人ですが、日本から一部資金が出ていて舞台も奈良県五條市のためか、日本映画として分類されているようです。

映画は2部構成になっていて、キム・テフンという映画監督と通訳のパク・ミジョンが五條市の映画を撮るために取材をしているお話が第1部、そして、その取材に基づいて作られた映画が第2なんです。

第1部は白黒、第2部はカラーで撮られていて、共通して出てくるのは、武田という日本人男性とミヨンという韓国人女性だけです(ちなみに2人とも左利きです)。

ところどころに恐らくは五條市の市民が出演しています。

どうやら、キム監督は五条市で映画を撮るための取材に来たらしく(ミジョンは通訳です)、武田はそれを案内する事になっているようです。

 

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市職員の武田は高齢化問題などなど、日本の地方のリアルを監督と助手に語る。

 

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この喫茶店はまた出てきます。

 

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一応、全編劇映画なのですが、第1部はドキュメンタリーとの境界が曖昧で、ちょっとアッバス・キアロスタミ的なんですけども、やはり、それを受けての第2部が膝を打ちました。

武田は、第1部では五條市の職員なんですけども、第2部では柿を作っている農家になり、ミジョンはヘジョンというスランプ気味になっている女優になっています。

 

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ミジョン→ヘジョン

 

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 武田(地方公務員)→武田(柿生産者)

 

この映画が面白いのは、第2は第1部の「取材」に基づいた「映画」になってるんです。

なので、同じセリフが違う場面で出てきたり、同じ場面が違った事に使われたり、登場人物の名前や立場を変えて、そこに別な人物のエピソードを加えたりして作っているんです。

更に面白いのは、第1部は、ドキュメンタリーのような体裁を取りながらも、実はコレも劇映画で、廃校になった小学校を取材するシーンにその事がハッキリと出てきます。

 

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ホン・サンスの2010年代の諸作と比較して考えたいですね。

 

そして、廃校を訪れるシーンはまたしても第2部出てきますが意味合いがすこし変わってくるんですね。

何というか、この映画を見ていると人間の記憶というものが巧みに編集されて人間の頭の中に収納されていて、それに基づいて夢というものを見ている事に気づかされるんです。

それを2部構成という形で提示したチャン・ゴンジェ監督はまだそれほど長編を撮っているようではないようですが、並々ならぬ才能を感じました。

しかも、コレ、相当な低予算映画で、どのシーンも全然お金かかっていると思えないんですけども、その巧みな脚本にもうビックリさせられます。

韓国映画界は日本よりもずっと予算が潤沢なのですが、やはり、問題は予算だけではないように思います。

またしても、ものすごい才能を発見してしまいましたけど、韓国映画は現在全盛期と言ってよいでしょうね。

 

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止まっている絵だけだとすごさが伝わらない作風ですが、見てるとホントにビックリします。

 

サイコホラーというやり尽くされた感があるジャンルをそう感じさせない黒沢演出が素晴らしい!

黒沢清クリーピー

 

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大学教授に転職し、新居に移ってきた夫婦は一見幸せそうだか。

 

現在、世界で最も評価されてある日本の監督の1人である、黒沢清の近作なのですが、私は今まで全く見たことがなかったんです。

1980年代から評価されていたようなんですけども、この辺でデビューした監督の映画がかなり抜け落ちているのは、私に日本映画への強烈なトラウマを与えた作品が原因なのですが(笑)、その事については以前に書きました。

森田芳光相米慎二は見ることができたので、今年のテーマは、黒沢清ジャ・ジャンクーにしようかと思います。

とある連続殺人犯の事件で重傷を負い刑事を辞職し、大学教授に転職した男(西野秀俊)が、6年前の日野市で起こった家族の失踪事件を調べてみませんか?と、元部下だった刑事(東出昌大)に依頼されます。

 

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元部下を演じる東出昌大

 

元刑事としてのカンが、明らかに何か事件が起こっていると読み、家族の中で唯一取り残された女の子を大学に呼んで、警察やマスコミに一切話さない事を話してもらうことにしました。

彼女は当初、警察から散々尋問を受けた結果、記憶が曖昧で、彼女の供述は役に立たないと判断されました。

しかし、彼女は、最近になっておぼろげながら当時の事を思い出し始めているんですね。

 

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少しずつ失踪前の記憶が戻りつつある。

 

と、1つの謎めいた未解決事件を、犯罪心理学の教授として元部下と調べていくお話と同時に進むのが、竹内結子演じる教授の妻とその隣人である、香川照之のお話しです。

 

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 次第に西野家と親しくなるが。

 

教授の夫妻は、実は稲城市に引っ越してきたばかりで、そこは新居でした。

その隣に住んでいるのが、香川照之とその娘と妻なのでした。

お話しではもう一つの隣人が出てくるのですが、これは説明を省きます。

教授も香川照之演じる、西野という隣人をどこか胡散臭い男がとは思っているんですが、事件の調査にのめり込んでいます。

しかし、この隣人西野が、誠に独特なキャラクターでして、このキャラクター造形がホントに見事です。

時折、「えええっ⁈」とほとんどワザとらしいくらいにおかしな驚き方をするんですが、それがホントに異様でどこか笑えます。

 

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とにかく独特のウザキャラぶりが素晴らしい香川照之

 

と言いますか、ここまで書いてませんが、この話、登場人物が香川照之だけでなく、どこか全員不自然で、ものすごく低体温というか、演技が不自然に抑制されていて、特に、西野秀俊は、感情があんまりないみたいな演技を敢えてさせています。

コレは明らかに黒沢清の演出なのですが、それが始めの1時間くらい掴めないんです。

しかし、それがある出来事がどーん!と起こることでそのタメみたいなものがものすごく効いている事がわかります。

サイコサスペンス。というのは、ヒッチコック的に心理描写やカメラアングルに凝る方向にどうしても向かいがちで、プライアン・デパルマはそういう事を臆面もなくやりますけども、黒沢清はもうさすがにそれをやめてしまって、全く違うアプローチでサイコサスペンスを撮ってますね。

そこがもう只者ではないです。

季節感もあんまりない(一応、夏なんですけども、寒々しくも見えるんです)、登場人物も大体体温が低い感じで、香川照之をやり過ぎなくらい気持ち悪さ満点に演じさせるというやり方は、ちょっと見たことがないような独特な演出です。

この類い稀さが世界で高く評価されるのだなあ。と納得できます。

本作はサスペンスなので、これ以上内容には立ち入りませんが、笑ってしまうほどの人工的な演出と、ジワーッとと押し寄せるコワサが奇妙なバランスで成立していて、余り見たことがないタッチの映画で驚きました。

コレは香川照之の代表作の一つとなったのではないでしょうか。

 

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グレイトフル・デッドの全貌が明らかとなるドキュメンタリー。

アミール・バー=レフ『グレイトフル・デッドの長く奇妙な旅』

 

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デッドと言えばこのマークですね。

 

マーティン・スコシージが製作総指揮で作られた、グレイトフル・デッドの長大なドキュメンタリー。

日本では、アマゾンプライムが独占しているため、コレに加入しないと見る事が出来ないのが厄介ですが、デッドに興味のある意味方には、是非とも見てもらいたい作品です。

 

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70年代初頭のグレイトフル・デッド

 

全体は6部に分かれてそれぞれが大体40分くらいなので、長いですが、とても見やすく作られていて、1から3はバンドの結成から、初期から加入していたキーボード奏者のビックペンの死去までをほぼ時系列に追い、4 はデッドの最大の魅力であるライヴとその機材についてと、70年代を基本に追いかけ、そして5がもはや社会現象であった、熱狂的なファンである、デッドヘッズについて、そして6が、実質的なリーダーである、ジェリー・ガルシアの死と80-90年代のデッドを追うというものです。

 

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ビックペン。主にキーボードを担当してました。

 

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ジェリー・ガルシア。ヴォーカルとリードギターを担当。

 

 

日本では、未だに知る人ぞ知る存在である、グレイトフル・デッドですが、アメリカではガルシアがなくなった後でも熱狂的なファンは大勢いるほど、ものすごいう人気のバンドですが、このドキュメンタリーを見ると、なぜ、このバンドがこれほど熱狂的なバンドなのか?を知ることができます。

私が個人的にこのバンドを始めて知ったのは、大学の宗教社会学のレポートを書くために買った本の中で、マンソンズ・ファミリーについて書いている章がありまして、その中に、「観客が100%LSDでラリっているロックバンド」として書いてあるのが最初でして(笑)、それは60年代のこのバンドの実態としてそんなに間違ってないんですけども、始めの印象はハッキリ言ってとても悪かったです。

しかも、マンソンズ・ファミリーもその頃のデッドのライヴを聴いてますから(当時のデッドは活動がサンフランシスコ中心に限られてました)。

しかし、彼らの代表作といってよい、『Live/Dead』という、LPでは2枚組であったアルバムを実際に聴いてみて、考えが変わったんです。

 

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 Live/Deadのジャケット。名盤ですね。

 

まず何よりも、デッドはバンドは演奏能力が抜群に優れていて、決して暴力的なロックバンドではなかったんです。

1969年のライヴですが、そろそろ
彼らがライヴバンドとして全米を回り始める頃の録音で、バンドの一体感がものすごいんですよね。

こういう凄さは、他ではオールマン・ブラザーズ・バンドくらいしかいないでしょう。

本作は、バンドとしての素晴らしさだけでなく、LSDやビックペンのアルコール依存、ジェリー・ガルシアのヘロイン中毒という負の側面についても描かれていますが、個人的に面白かったのは、4と5ですね。

デッドがPAにものすごくお金をかけていた事は知ってましたけども、実際に絵として見た事はなかったんです。

1970年代のデッドは、野外でライヴをやる事が多く、そうすると音がなかなか遠くまで届かなくなりますが、コレを克服するために、とてつもなく巨大なPAがステージに組み上げられていて、コレについて当時のスタッフたちが解説するところは、全編の中でも白眉であったと思います(80年代には屋内でのライヴが中心となるので、この巨大な装置は必要なくなります)。

 

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唖然とするほど巨大です!

 

そして、もう一つは、最早社会現象といってよい、デッドヘッズだけで一章を使っているのがすごいですね。

デッドの全盛期はなんと言っても70年代だと思いますが、デッドが1975年を除いた毎年、全米をくまなく回る、とても長いツアーを行っていたんですけども、デッドは、毎回のライヴの曲目が違ったり、曲が全く違う演奏になる事がとても多く、ライヴの時間も3時間を軽く超え、下手すると6時間に及ぶ事もあるくらいの演奏をしていたらしく、とにかく、毎日が出たとこ勝負でした。

その事を知った熱狂的なファンは、彼らのツアーを追いかけ回すようになったんです。

この数がハンパではなく、時に1万人ほどになっていたんです(笑)。

つまり、巨大なライヴの機材が移動していただけでなく、ほとんどムラがそのまんま移動するようにデッドのライヴは毎年行われておりまして、コレは、世界中のロックバンドでも稀有な現象でした。

そんな彼ら彼女らの事をいつの頃からか、「デッドヘッズ」と呼ぶようになりました。

 

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デッドヘッズ。

 

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 ライヴ会場はこんな風になってしまうんです。勝手にフェス化してるんですね。

 

デッドヘッズたちはキャンピングカーで移動したり、ヒッチハイクで旅をしたりして、ライヴ会場で食べ物屋などの露天商をやりながら生活費を稼いで、ツアーにくっついていくんです。

側からみていると、ほとんど新興宗教の一大集会みたいな異様な雰囲気なのですが(笑)、演奏している音楽はものすごくピースフルであり、そういう音楽が好きな人たちですから、デッドヘッズというのは、見た目とは違ってとても穏やかです。

せいぜい、マリファナでラリっていたりしている程度の事しかしてないんです(そういえば、つい最近、カリフォルニア州でもマリファナが合法化されましたね)。

こういう大らかなさは、恐らくはアメリカ以外ではまず受け入れられないでしょうし、デッドを日本に呼ぶ事が出来なかったのも、一緒にデットヘッズが日本に押し寄せてきた時の対処ができなかったからでしょう。

デッドヘッズにはいろんな人たちがいて、ごく普通にライヴを楽しむ人がいたり、ジェリー・ガルシアを神として崇拝している人たちなど、非常に雑多なんですけども、とりわけ異彩を放っていたのが、「テーパー」という人たちです。

グレイトフル・デッドは、スタジオ作品を聴いても、その魅力の10%もわからない事は熱狂的なファンの中では既成事実でしたから、その素晴らしいライヴを録音してやろうという人々がいたんです。

デッドはこのような人たちを公認し、会場の前に録音してもいい場所を作っていて、心置きなくテーパーたちは録音していました。

 

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テーパーすごい(笑)!

 

そして、テーパーたちは録音したライヴをダビングして交換しあったりして、ライヴ会場で交流していたんですね。

インターネットが発達する前にこういう事が起きていたのは、とても興味深いです。

しかも、テーパーの中には途轍もない人が何人かいまして、デッド公認で膨大な量のライヴ盤が作られているんです。

ほとんどのロックバンドはそもそも録音すら認めないでしょうし、ましてや、販売などあり得ませんが、デッドはそれを全く規制しないんです。

結果として、コレがライヴへの観客を増やしており、結果として、ローリング・ストーンズを超える収益を上げる、ケタ外れのロックバンドになっていきます。

しかし、このモンスター化していくデッドの中で苦しんだのが、実質的なリーダーであったジェリー・ガルシアはプレッシャーに相当苦しんでいたらしく、ヘロイン中毒になっていたようです。。

 

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 実年齢よりも圧倒的に老け込んでます。。

 

6はそんなガルシアの苦悩を描いているため、見ているのはなかなか辛いものがあります。

デッドに興味のある人にとって面白いのはいうまでもありませんが、全く知らない人にも、ロック史上最もユニークなバンドと合間にかかる素晴らしい演奏とともに知ることができるよく出来たドキュメンタリーとなっています。

 

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キレイなキレイな映画でした(淀川長治先生の体で)。

トッド・ヘインズ『CAROL』

 

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ブランシェットが実にうまいですねえ。

 

 

パトリシア・ハイスミスの原作の映画化です。

日本だと、ヒッチコック『見知らぬ乗客』やルネ・クレマン太陽がいっぱい』の原作者程度にしか知られてませんが、アメリカ本国ではとても評価の高い作家です(近年、翻訳が進み再評価が日本でも高まっているようですが)。

現在この原作はハイスミスである事が明らかになっていますが、刊行当初はクレア・モーガンという偽名で発表され、タイトルも『塩の価格』というものでした。

というのも、ハイスミスレズビアンなのですが、この小説はその事について書いているためです。

1950年代に同性愛を文学などで表現するのは、プロテスタントの国ではかなり困難でしたので、ハイスミスは偽名でひっそりとタイトルから内容が推測できないようにして発表されたんですね。

後に自分の作品であることをハイスミス本人が認め、タイトルも映画のタイトルと同じに改題されました。

それにしても、1950年代前半のニューヨークが見事に再現されてますね。

 

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写真志望だが生活のためにデパートの売り子をしているルーニーの元にお客として現れる美魔女ブランシェット。

 

ロックンロールの爆発がある前のアメリカのシットリとした大人の世界がいいですよ。

写真家志望のルーニー・マーラが美魔女レズビアンであるケイト・ブランシェットにクリスマスプレゼントをするシーンを見てますと、ビリー・ホリデイテディ・ウィルソンが共演しているコロンビア盤のLPなんですよね。

 

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今の感覚では激渋なプレゼントですが、案外普通の感覚なのでしょうか。

あれだけニューヨークが好きで西海岸をディスり続けていた、ウディ・アレンがイギリスに移住してしまい、古きよきアメリカを映画で再現する映画監督がとんと居なくなって寂しかったんですけとも、ヘインズ監督がその渇きを潤してくれました。

 

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原作者であるハイスミスは、後に同性愛をカミングアウトし、数多くの女性との恋愛遍歴のあった自由奔放な方だったようですが、1950年代のアメリカで同性愛など公に認められるはずもなく、本作を見てもわかるように、アメリカのある程度ハイソな白人社会ではあってはならない事なんです。

 

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そういう中での恋愛というものをやはりゲイであるヘインズ監督は、ホントに繊細に繊細に描いてますね。

同性愛というものを描いた映画はまだそれほど多いとはいえませんが、2016年度のアカデミー作品賞を受賞した『ムーンライト』や、エクトル・バベンコ『蜘蛛女のキス』と並べても遜色ない映画ですよね。

ほとんど内容に触れなかったのは、このデリケートな展開を説明しちゃうと、多分、台無しになってしまうだろうという私なりの配慮でございまして、各人のココロで感じて欲しいからです。

 

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CGと、どやしつけるようなサントラと音響で目と耳に打撃ばかり与える昨今のウンザリするようなハリウッド映画に食傷気味の方にはオススメの映画でございました。

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岩下志麻、マジでコワイっす!

野村芳太郎『鬼畜』

 

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英題『The Devil』。ヒィィ。。

 

松本清張原作映画と言えば、野村芳太郎ですが、コレはとにかく岩下志麻のコワさが際立つというか、その一点で突き抜けている作品ですね。

記憶が曖昧なんですけども、この映画がテレビ放映されたのを何となく見ていたんですけども、ストーリーは一切覚えなくても、岩下志麻が異様なまでにコワイ!という事が未だに忘れられず、最近、なぜかクリスマス・イヴにテレ朝が常盤貴子主演で『鬼畜』を放映するという素晴らしい暴挙に出ていたので、アマゾンプライムで30年以上ぶりに見たわけです。

緒形拳演じる竹下宗吉には、実はもう1人奥さんがいまして、なんと、子供が3人もいたんです。

コレが岩下志麻演じる妻のお梅を狂わせてしまいました。

まあ、だらしのない男が、岩下志麻を鬼畜にしてしまったわけです。

緒形拳が商売がヘタで酒に呑まれてしまうダメな男を演じるというのは珍しいですけども、これが意外とよくて、彼にとっても芸の幅を広げたのではないでしょうか。

 

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緒形拳はやっぱりうまいですねえ。

 

冒頭の本妻お梅と宗吉、お妾の菊代(小川真由美です)が3人の子供を連れてのドロドロは、ベタですけどもやはりいいですねえ(笑)。

 

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いきなり修羅場です!

 

こういうのを撮らせると野村芳太郎はホントにうまい。

鬼畜その1の菊代は、「この子たちはアンタの子なんだら、全部置いてくよ!」と吐き捨てて、3人の子供たちを置き去りにして、話しを強制終了してしまいます。

 

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鬼畜その1!

 

甲斐性のない宗吉に愛想が尽きてしまったのでしょう。

零細印刷工場を営むオヤジにお妾とこの子たちを養う能力などあるはずがありません。

こうしてお梅こと、岩下志麻は次第にザ・鬼畜に次第に変貌していくんです。ヒイッ。

 

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鬼畜その2!!!

 

 

まあ、岩下志麻のヴォルテージがゆっくりゆっくり上がっていくのが、まあ、こわいのなんのって(笑)。

 

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長男が見事な演技です。

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鬼畜ヴォルテージがドンドンと上がっていきます。

 

これは女優だったら、いっぺんはやってみたいですよ。

小津安二郎の遺作となった『秋刀魚の味』に出演していた頃、こわなコワイ役をやるようになるなんて、誰が想像できましたか。

日本映画史上ベスト5に入るであろう、セクシーダイナマイト女優であるかたせ梨乃とキャットファイトをしたり、和服に拳銃でドスの効いたセリフを吐くという女優さん。というイメージか私だとついてしまっていますけど、そこから『秋刀魚の味』を見た時の衝撃たるや。

本作は、松竹のある意味典型的とも言える清純派だった岩下志麻が年齢を重ねることで野村芳太郎組の常連となり、ココで「山田五十鈴とは一味違うシャープでコワい姐御キャラ」というものを確立していく岩下志麻が出演で大爆発した。という事が言えるでしょうね。

 

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本編で最も凍りつくシーンは末っ子に無理矢理ご飯を口に押し込むこのシーンでしょう。。

 

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蟹江敬三が従業員役です。

 

さて。

こういう過酷な状況に於いて、最も被害を受けるのは、もう誰なのかはおわかりでしょうから、この修羅場についての説明はやめますけども、今も昔もこういう話というのは、古今東西なくなりませんね。残念ながら。

ですので、このお話しは、事あるごとに映画やドラマとしてリメイクされていくのでしょう。

最後の緒形拳が受ける「罰」はこの上なく重いです。

砂の器』のようなドラマ性はありませんが、であるが故に後味の悪さが尋常ではない、野村芳太郎の逸品。

 

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 大竹しのぶが出てます。

 

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