チャールズ・ロートン『狩人の夜』
チャールズ・ロートン。と聞いてピンと来る方は相当に映画がお好きな方ですよね。
イギリスの名優で、晩年にスタンリー・キューブリック『スパルタカス』で、煮ても焼いても食えない元老院議員を演じていた、あの太々しい風貌の役者さんです。
この人がチャールズ・ロートンです。
そんな彼が、1955年にたった一作だけ映画を撮っていた事はあまり知られていません。
と言うのも、当時は興行としては全くダメだったらしく(なので2作目がないのです)、当時はほとんど知られていなかったんですが、後に再評価が高まってきた作品なんです。
1950年代のアメリカというと、ハリウッドの全盛期で、戦後直後に青春を送った方は、そのあまりにも豊かで明るい世界に圧倒されたと思いますが、本作は、とても暗く、異様な雰囲気に支配された、言ってしまうと怪作な部類に入り、当時、コレがウケなかったのも、わかります。
とにかく、主演のロバート・ミッチャムが演じる狂信者がホントにコワイですねえ。
歪んだ女性観を持つ怪物的な人物。
LOVE !!!
右手にLOVE、左手にHATEと刺青をしているのが、もうヤバいんですが(笑)、彼は自分の中にいる「神」の命令に従って生きる、まあ、キチガイでして、ある時、自動車の窃盗で懲役30日を食らいました(か、軽いですねえ)。
HATE !!!!
しかし、その彼が入っている刑務所の房に、銀行強盗殺人を犯した男が入ってきたんですね。
彼はカネのありかを息子にだけ告げて逮捕され、死刑をされ、あっけなく処刑されました。
死刑囚と懲役30日の人が同じ牢屋にいるというのもおかしいですし、判決が出てあっけなく死刑執行というのも、なんともイージーなんですが、1930年代のアメリカの中西部はそんなものだったのでしょう(オハイオ川が出てくるので、舞台が中西部である事が場面描写からわかります)。
ロバート・ミッチャムは、大金が隠されていること。それを息子が知っていることを死刑囚が寝ている時のうわ言から知ってしまうんですね。
彼は、「これぞ、天のお導き。この金で教会を建てよ。ということですね?」と考え、この家族に近づいてくるんですね。ヒイーッ。
子供たちからカネのありかを聞きだそうとする。
これは実際の猟奇連続殺人を犯した人物の分析などでもよく言われますが、こういう人たちは実にフレンドリーに近づいてくるそうなのですが、ロバート・ミッチャムは、あの両手にしているLOVE&HATEの刺青を使った巧みな説教を行なって村人たちの中に入り込んでいくんです(このシーンのパロディが、スパイク・リー『ドゥ・ザ・ライト・シング』に出てきます)。
純朴な人々を言葉巧みに騙し(後に発覚しますが、ミッチャムが演じる狂信者は、25人もの女性を次々と殺害しています)、とうとう未亡人となっていた、強盗殺人犯の妻とまんまと結婚してしまいます。
ミッチャムの狂信に心酔して、狂気的な信仰告白をする妻!
荒木飛呂彦先生のマンガが好きな方だったら、完全にどハマりするような展開ですが、ここから先はどうなるのかは見てのお楽しみですけども、それにしても、このような異様で幻想的で、アメリカ社会における狂信や集団ヒステリーをトコトン描き出したロートン監督の手腕は、やや素人臭いところがあるとはいえ、大変なものです。
夜のシーンがとても多い作品なのですが、この撮影がホントに見事です。
夜のシーンの撮影が実に見事!
職業監督では思いつかないような、大胆で斬新な構図が至る所で出てくるのも、見ものです。
映像が当時のアメリカ映画というよりも、サイレント期のドイツ映画のようなコワさを追求しているのも、とてもユニークですね(だから、ウケなかったのだと思いますが)。
リアリズムではなく、戦前のサイレント映画を思わせる表現が多いです。
本作では、ロバート・ミッチャムの世紀の怪演がまことに見事ですが、これに対峙するのが、映画草創期の大スターであった、リリアン・ギッシュというのが、これまた驚きです。
なんと、ショットガンを構えるリリアン・ギッシュ!
じつはトーキーになってからも、出演数はさほど多くないのですが(舞台への出演はずっとしていたそうです)、映画に出演しておりまして、本作でも、やや偏屈ですが、芯の強い信仰深い老婦人を見事に演じています。
ブッシュ・ジュニア政権がアメリカに誕生した事で、アメリカの宗教保守が注目されるようになり、コレが現在はトランプ大統領の支持者にもなっているようなのですが、こう言った人々は突然現れたわけではなく、アメリカの中西部の田舎に古くからいたという事が、本作を見るとよくわかります。
そういう社会風土がこの映画が公開された時には日本ではよく理解できなかったものと思いますので、映画館公開は1990年です。
イーストウッド監督にリメイクされたら面白そうですねえ。