カルロス・ベルムト『マジカル・ガール』
この冒頭に出てくる2人が誰なのかは見ているとわかります。
何やら、日本のアニメへのオマージュがあるスペイン映画だときいて見てみたら、ものすごい映画でありました。
敢えて近いものを提示するのなら、ペドロ・アルトドバルのどこかネジが外れたあの独特のサスペンスなのです。
出てくる登場人物は一見普通ですが、全員どこかに闇を持っていて、それは本編中ではほとんど明らかになりません。
失業している文学の教師(どうも大量の人員整理があったようです)のルイスの娘は、白血病で余命いくばくありません。
そんな彼女が好きなのは、『魔法少女ユキコ』という日本のアニメなんですね。
魔法少女ユキコです。
ルイスはそんな娘のために、ユキコのコスチュームをデザイナーが一点モノで作ったという商品を買ってあげようと、いろいろと金策に走るのですが、失業中ですから、お金がありません(治療費も相当かかっているでしょう)。
思い詰めて宝石強盗すら考えてしまう。
追い詰められたルイスは宝石店に強盗しようとした時、空からゲロが降ってきした(笑)。
この奇想天外さには驚きますね。
おでこから血を流した女性とそのゲロを浴びた男という、前代未聞の絵(笑)。
ルイス・ブニュエル、ペドロ・アルモドバルを生んだだけのことはあって、そんな発想はないですよ。
そして、お話しはそんなゲロを吐いてしまった女性、バルバラのお話しになります。
彼女はどうやら精神疾患があるようで、夫の精神科医からキチンとクスリを飲むように言われているのですが、なかなか守れません。
ある日、アルコールとクスリを一緒に飲んで気分が悪くなりまして、思わず、窓から嘔吐してしまいます。
それが、先ほどのゲロを浴びてしまったルイスだったわけです(笑)。
タランティーノでもそんなことは考えついてないというか。
お詫びにバルバラはシャワーに入っている間に衣服を選択してあげたのですが。。という所までにしておきましょうか。
と発想の独自さが、やっぱり、スペインの映画監督のある意味伝統であります。
あと、とても不思議なのが、初めから終わりまで、ほとんど画面から伝わってくる温度感がまったく変わらないんです。
スタンリー・キューブリックのかの独特な無機質な画面作りは、冷たさという温度を感じるわけですけども、暖かくも冷たくもないし、匂いも音もあんまりないんです。
終始無機質で、どの登場人物も一応に低温です。
バルバラがなんでこんなになっているのかはいえねえいえねえ。
この後、物語はクライム・サスペンスになっていくのですが、ハラハラもドキドキもしないのに、眠くなったり、退屈しないで見ることができるという、とても不思議な感覚なんですよね。
えっ、終わり?みたいなスッと抜けていくような循環構造を持った終わり方も、もう完成させた作家だなあ。という気がします。
コレを書いていてフト思い出すのが、あだち充です。
彼の作品も若い頃からとても完成されていて、少年誌には見られない独特の間合いと省略の美意識に満ちた、常に余裕のある作風なのですが、後半がかなりスポ根になりながらも、暑苦しくなっていかず、甲子園を一切描かずに優勝した事実のみを最終回にスッと示して終わるという、ああいうものと近いものを感じました。
とは言え、本作は高校野球ではなくてサスペンスなのですが(笑)、本作もコワイ所、エゲツない所を敢えて描かない、登場人物の過去を詳しく語らないことが、面白さというか、観客をうまく引っ張っていく術になっているんですね。
不思議な面白さがある作品でした。