今こそ見るべきアンゲロプロス作品!

テオ・アンゲロプロスこうのとり、たちずさんで

 


映画製作中に交通事故で惜しくも2012年に亡くなった、テオ・アンゲロプロスの1991年作。

 

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テオ・アンゲロプロス監督。


アンゲロプロスの初期の作品、とりわけ、『旅芸人の記録』、『狩人』、『アレクサンダー大王』は、ギリシャ近現代史をある程度わかっていないと、見るのはなかなか難しい作品で、正直、初めて見る方にはオススメしません。


アンゲロプロスの作品は、説明を拒絶し、あの驚異的な長回しを駆使した撮影方法で見せる、映像の力でのみ語る作家なので、いきなり、4時間に及ぶ『旅芸人〜』を見ても、わからないと思います。


では、どこから?という問いには、


まずは『霧の中の風景』と『こうのとり、たちずさんで』の2本から入るのが良いかと答えたいと思います。


とは言え、アンゲロプロスなので、決してラクに見ることができる作品とは言えません。


が、どちらもあらすじがわかりやすく、彼の作品としては短いんです。


どちらも、それほどギリシャ近現代史に詳しくなくても入りやすく、また、あのアンゲロプロスの特徴とも言える、驚異的に長い、「ワンシーン、ワンショット」の演出が、様式美にまで完成された時期の作品でもあり、とても見やすいんです。


本作は、マルチェロ・マストロヤンニジャンヌ・モローという、世界的な大スターが出演しているのも、とっつきやすいところですね。


お話しは、ギリシャアルバニア(作中はハッキリとは述べられません)の国境付近の町で、テレビ番組の撮影をしているディレクターが、偶然、10年ほど前に突然失踪した、ギリシャの大物政治家と思しき男をその町で発見した事から始まります。

 

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その政治家を演じるのが、マルチェロ・マストロヤンニで、その政治家の妻がフランス人であり、ジャンヌ・モローが演じております。

 

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なぜ彼は失踪してしまったのか。

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自分の夫と認めようとしない、フランス人の妻。


2022年現在のギリシャは、世界各地で起こっている紛争や戦争を逃れ、西ヨーロッパへ亡命しようとしている難民が押し寄せるという問題が起こっておりますが、この映画はその難民問題が通奏低音になっており、河を隔てた向こう岸が外国であるという、日本に生活していると実感しにくい、国境という、ウクライナとロシアの戦争にもそのまま直結する問題を扱っています。

 

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本作のタイトルを象徴する国境にかかる橋のシーン。国境とは。


当時、この街に流れ込んでいる、クルド人難民など、真剣に考える人はあまりいなかったと思いますが、今や難民の増大は、大問題であり、アンゲロプロスの警鐘は決して大袈裟ではなかったわけです。


作中、マストロヤンニが演じる元政治家が失踪してしまった理由は明らかになる事はありません。


モローも彼に再会しながらも、「彼は違う」と認める事もなく、真相はわかりません。


もともと、著述家として高名であった元政治家は、失踪前に社会批評の本を刊行しており、そこには彼のペシミスティックな思考が色濃く反映しており、彼の苦悩は深いようなのですが、それが一体何なのかは特に明かされません。


まあ、アンゲロプロスの作品というのは、一貫して何かの答えを明確に示しているわけでもなく、しかし、未来への確実な希望をつないでいくものを示しつつ完結していくのですが、それは本作もそういう作品です。


アンゲロプロス作品には「言いたい事は山ほどあるが、それは言葉にしてもし尽くせないし、語り尽くせない。そして、それはそう易々とわかってもらえるまのでもない。が、しかし、わたしはいいたのだ」というアンビバレンスがあって、それが彼のエネルギーの根源だと思うのですが、であるが言えに彼の作品は言葉ではなく、映像でその決して流暢とは言えないが、実に重みのある思いを具体化する事に心血が注がれるのですね。


その最たるものが、婚礼のシーンである事は言うまでもないでしょう。

 

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国境である川を挟んでの、新郎と新婦は出会う事なく、声も発することのない、沈黙の支配する無言の婚礼を、あの重厚な長回しで撮影し(それは、テレビディレクターがこの類稀な婚礼を撮影しているという視点でもあります)、先に述べた事を静かな雄弁で示した、圧巻のシーンです。

 

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この、小説にも演劇にも還元しようのない、映画的としか言いようのない感銘を体験するかしないかが、その後の映画を見ることの態度を決定的に決めてしまうのではないのか。と言い切ってしまってもいいほどの素晴らしい体験であると思います。

 

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国境はなくならない。しかし、人はそれでもつながろうとするのだ。