なぜ、トランプ政権は出現したのか?を描く傑作伝記映画!

アダム・マケイ『Vice』

 

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下院の実習生でしかなかったディック・チェイニーは如何にして最高権力を手に入れたのか?

 


コレはですね、『Don’t Look Up』と合わせて見る必要があると思います。


このViceとは何なのか?と言いますと、vice-presidentの略でして、副大統領の事です。


ココでの副大統領とは、ジョージ・W・ブッシュJr.大統領の副大統領であった、リチャード・ブルース・チェイニーこと、ディック・チェイニーの事です。


そして、viceというのか、単独で「悪徳」を意味し、そのダブルミーニングなのですね。


アメリカ副大統領って、日本人にはほとんど思い浮かびません。


というのも、副大統領の主な仕事は、上院の議長であり、政権における議会との調整役という、まあ、地味ないお仕事なので、マスコミ的にはあんまり注目されないんですね。


場合によっては、かなり名誉職的にもなりかねません。


もう一つの意味としては、副大統領は大統領が何らかの原因で職務続行が不可能になった場合、行政の継続を優先するために、大統領職を継承する事になります(継承順位は憲法で規定されています)。


なので、外国人が知っている副大統領は大統領に繰り上げになった人ばかりですね。


古くは、マッキンリー大統領の副大統領であった、セオドア・ローズヴェルトです。


近くはケネディ政権の副大統領であったジョンソン、ニクソン政権の副大統領だったフォード、そして、オバマ政権のジョー・バイデンくらいですよね。


バイデン以外は大統領が汚職辞任と暗殺によるものです。  


要するに、万が一のために存在しているけで、アメリカ歴代大統領には、意外と事件が起こっていて、上記以外にも副大統領が繰り上げで大統領に就任しているケースは結構あります(ほぼ、大統領が任期中に死亡した事が原因です)。


そんなポジションにいたチェイニーは、もしかすると、アメリカ史上最強の副大統領だったのではないのか。という事を指摘しているのが本作でして、共和党ネオコン、宗教保守の持つ危険性を指摘する観点から、ブッシュJr.政権の真の実力者の、マケイ監督にしか作れない、痛快極まる伝記映画ですね。


マケイ監督は、もともと、NBCで放映されている長寿番組「サタデイ・ナイトライヴ」のディレクターを勤めており、かなり政治的に際どいコーナーを作っていたようなので、本作と『Don’t Look Up』はある意味、彼の真骨頂です。


エンターテイメント作品としてまとめるためにチェイニーの経歴の省略はあるものの、ほとんどそのまんま描いているはずなのに、彼の業績の多くが、その後のアメリカの政治にもたらした悪影響は看過できるものではなく、基本的にコメディ映画として描いているのに、だんだんと笑えなくなっていきます。


この映画の批判は、ズバリ、ドナルド・トランプ大統領なのですが、マケイ監督の卓越しているところは、彼の破天荒なキャラクターぶりやその生い立ちに問題を落とし込まず、ディック・チェイニーという、保守政治家を通じて、なぜ、トランプ政権が生まれ、そのための社会的経済的な基盤は一体どういうところによるのか?を、卓越した脚本、編集によって実に丁寧に見せている事なんですね。


で、ココでの肝心なのが、やはり、ディック・チェイニーという謎めいた政治家にリアリティを与える役者が不可欠なのですが、コレを恐るべき体重コントロールとメイクでやり遂げる、クリスチャン・ベイルは本作のMVPとも言える存在で、彼の素晴らしい演技なくして本作の成功はあり得なかったでしょう。

 

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クリスチャン・ベイルの激似ぶりは必見です(笑)

 


呑んだくれの肉体労働者に転落していたチェイニーをワシントンで活躍する政治家に叩き上げるのは、実は奥さんというのは、結構衝撃的な事実なのですが(ホントなんです・笑)、下院の実習生だった彼が政治におけるとして「先生」してとラムズフェルド(ブッシュJr.政権でイラク戦争を主導した国防長官です)、後にトランプ大統領を保守派のアイドルとして育てる右派のテレビ局FOニュースの社長、ロジャー・エイルズとの出会い、ニクソン、フォード政権ではホワイトハウス、閣僚として、カーター政権誕生に伴い、下院議員として、主にレーガン政権のもとで新自由主義を推進する政策を次々と断行し、次は大統領選立候補か?というところまでのぼり詰めるのですが、娘が同性愛者である事を攻撃される事が確実だったので(チェイニー派同性婚に反対の立場を表明していました)、政界を引退し、テクサス州に本社を持つ石油関連企業ハリバートンのCEOに就任します。

 

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チェイニーを権力者に押し上げるのに、奥さんリン・チェイニーの存在は不可欠です!

 

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ティーブ・カレル演じる、ラムズフェルド

の絶好調なタカ派ぶりは惚れ惚れとします。


つまり、ここまで、実はチェイニーの持つ権力基盤のほとんどが出揃っています。


新自由主義経済、コレを支えるマスメディア、石油産業、安全保障ですね。


コレを、まるでみなもと太郎(2021年に惜しくも亡くなりました)『風雲児たち』でも見ているような、見事な手捌きで、ここまでの半生を描くんですね。

 

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ブッシュJr.のバカ殿ぶりは見事です!サム・ロックウェルはアタマ悪そうな人を演じさせると天下一品ですね(笑)


しかも、政界復帰のキッカケとなった副大統領就任以降は更にフルスロットになり、いかにして大統領の権限から財政と軍事の問題を奪い取り、イラク戦争を主導し、イラクの石油の利権を獲得する事で絶大な力を持つに至ったのかを、コワイくらいのタッチで描きます。


先ほど、みなとも太郎。と言いましたが、本作には、『風雲児たち』における、重要キャラクターである語り部である作者にあたる役割を果たすフィクションの男性が出ており、彼が語る話し。という体裁をとっている所が実に巧みです。


なぜ、この男が語り部なのかは見てのお楽しみです。


コレを見ることで、1970年代のアメリカの政治史がかなり抑えられ、しかも、コレを抜群に面白い語り口で見せるので、サルでもわかるワシントンの栄枯盛衰になっており、実にお得です。


日本で公開された時、ほとんど話題にならなかったのが本当に残念でなりません。


コレを見ると、トランプ政権の出現は何の不思議でもなんでもない事がよくわかります。必見。

 

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イラク戦争は如何にして始まったのか?