3つの世代を通じて描かれる、韓国現代史!

キム・ボラ『はちどり』

 


長編第1作との事ですが、普通、処女作というのは、やったるぞ感となんでも盛り込みすぎ気味をどんな監督でもやってしまうものですが、この風格と余裕と完成度には相当度肝を抜かれましたね。

 

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キム・ボラ監督。

 


1994年の夏から秋にかけてのお話しで、14歳の少女、イ・ウニを通して見えてくる、韓国の現代史と彼女の成長の物語です。

 

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三兄妹の末っ子である、ウニ。

 

このお話しは3つの世代が描かれています。

 

1つはウニの両親の世代のお話しです。


ハッキリとは描かれませんが、恐らくは朴正煕政権時代に青春を生きたと想像されます。


もう一つが、ウニの漢文塾の先生、キム・ヨンジ(ホン・サンス作品によく出演している、キム・セビョクが演じています)。


そして、主人公のウニたち。


先の2つの世代の挫折が、韓国の歴史をよく知らない者にも、明らかに何かがあった事が示唆されます。


ウニの両親や自殺してしまった伯父さんは、韓国の学歴社会から落ちこぼれてしまった人々です。


商店街で餅を作って売っている、それほど楽ではない生活です。


韓国は日本など比べものにならないほどの学歴社会であり、大学受験は、まさに科挙のように熾烈を極めます。


韓国では大学へ進学しない事は即ち、兵役を意味します。


大学へ進学するのか否かがその後の社会的地位を明確にしてしまうんですね。


それは、ウニの時代どころか、現在の韓国も何も変わってません。


ウニの兄であるデフンをソウル大学に入れるために両親は必死です。

 

韓国は儒教の考え方が日本よりも遥かに厳格ですので、男性社会です。


ウニはデフンの進学ばかり気にかける両親からあまり関心を持たれておらず、学校でも大学進学のプレッシャーばかりを受け(担任の先生は日本の「東大合格するぞ!」的なノリで、生徒たちをソウル大学へ行け!みたいに煽りまくります)、それにウンザリしているのでしょう、友人とカラオケやクラブへ行き、隠れてタバコを吸ったり、ボーイフレンドとデートをしたりしていました。

 

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時折差し込まれる、瑞々しいショットが素晴らしい。

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ウニのお姉さんのスヒは、あまりいい高校には進学できず、ボーイフレンドと遊び呆けています。


ウニは、マンガを描くのが好きではあるけども、特に将来に何の夢も持てないような日々を送る中、漢文塾にやってきた新しい先生、女の先生であるヨンジに出会います。

 

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ヨンジという「高等遊民」に惹かれるユニ。


ヨンジはソウル大学の学生ですが、長いこと休学しています。


このヨンジの飄々とした魅力に惹かれるんですね。


このお話しは、ほとんどどういう人物なのかよくわからない、でもとても魅力的なヨンジが重要なキャラクターです(ウニとヨンジはどちらも左利きです)。


お話しでは一切語られませんが、恐らくヨンジはソウル大学学生運動の活動家であったと思います。


それは、彼女が唐突に歌うシーン(ウニと友人は何の曲か全くわかりませんが、実は1980年代の民主化運動でよく歌われていた曲なのです)、そして、塾の本棚にマルクス資本論』が置いてある事で暗に示されます。


ヨンジが休学している理由も、学生運動が関係しているものと思います。

 

つまり、ウニの両親たちは、大学へ行けなかった事への挫折、ヨンジには、大学へは行ったけれど。という挫折があったんですね。

 


そして、ウニは金泳三政権、すなわち、民政以降の新しい世代なんですね。

 


この事がある程度わかっていないと、本作が言いたい事は少しわかりづらいかもしれません。

 


この3つの世代というのが、お話しの大きな枠組みとなりながら、そこにサクッと韓国現代史がさりげなくテレビからコレまた3回流れてきます。

 


1つが1994年のサッカーワールドカップアメリカ大会です。

 


韓国代表が初めて大会に出場しましたね。

 


次が北朝鮮の最高指導者、金日成の死去です。

 


いきなりドスンと来るんで、思わず笑っちゃいました(笑)。

 


ウニが耳の下にできたしこりを手術で取るために入院している病院で知ります。

 


そして、3つ目の1994年10月21日。

 


ソウル市内を流れる大きな河、ハンガン(漢江)にかかっていたソンス(聖水)大橋が崩落するという大事故が起こります。

 

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崩落した実際のソンス大橋。業者による手抜きが原因で、死傷者が多数出ました。。

 

アメリカ、北朝鮮、そしてソウルと、歴史的事件はだんだんとウニに近づいてきている事が重要です。

 


基本は、思春期の少女の淡々とした日常を、実に巧みな省略法を駆使して描いていくところが素晴らしい映画なのですが、そこに唐突に差し込んでくる歴史的事件との絡み方が、まるで近年のクリント・イーストウッド作品のようはうまさがあり、第1作目にして、すでに老練さすら感じさせます。

 


韓国映画は内容は素晴らしいのはですが、音楽が今一つ。という事が多かったのですが、本作の音楽を担当するマティア・スティルニシャのエレクトロニカを基調にしたサントラが、映画に絶妙な距離感を与えてくれて素晴らしいです。

 


あと、途中で、使われる、チープなシンセでできている妙にクセになる韓国歌謡曲がツボですね(笑)。


韓国は、こういう音楽に合わせて踊る文化があるらしく、いろんな映画に出てきますね。


そして、なんと言っても主人公である、キム・ウニを演じるパク・ジフの見事さですね。


今後が注目される役者です。


公開してから間もない映画ですので、あまり内容には立ち入りませんでしたが、ヴィクトル・エリセ『エル・スール』のように、あからさまに歴史の悲劇を見せないという描き方は私にはとても好ましく思えました。


とにかく、韓国映画はあらゆる意味で黄金期と言わざるを得ないですね。コレも必見です。

 

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