『シン西部戦線異状なし』と言ってよいでしょう。

ピーター・ジャクソン

『They Shall Not Glow Old』

 


ピーター・ジャクソンと言えば、かの『指輪物語』3部作という、空前の大作を作り上げまた監督ですが、もともとはB級ホラー映画を撮っていたニュージーランド人監督でした。


そんな彼がトールキンの世界的ベストセラーを映画化する事になった経緯は寡聞にして知りませんけども、ハリウッドの巨匠の1人に登り詰めたジャクソンが、2018年に作ったのが本作です。


邦題は現代の痛烈な皮肉をうまく表現できていないため、表記しません。


1914-19年にわたってヨーロッパを主な戦場とし、当時のヨーロッパの大国同士が総力戦を行い、未だにその後遺症に苦しんでいるとも言える、第一次世界大戦西部戦線をイギリス側の映像(帝国映像戦争博物館所蔵)を使って作られたドキュメンタリー映画です。


そんなものは、今更彼が作らなくても、幾らでもあるのではないのか?と思いますし、ルイス・マイルストン撮った1930年の作品『西部戦線異状なし』という古典的名作もあるわけです。

 

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戦争文学の傑作を原作とする『西部戦線異状なし

 


本作の凄さはその手法の斬新さですね。


『1917』という、奇しくも第一次大戦を扱った作品がほぼ同時期に公開されましたけども、こちらは一兵士の視点を使った驚異的な長回し撮影を行ったという、その手法そのものの奇抜さが目を引く作品なのであって、第一次大戦がどうであったとかという問題は後衛に引いています。


しかし、本作は当時のホンモノの映像です。


ナチスドイツによるユダヤ人などの大量虐殺を実際のアウシュヴィッツ収容所の映像の再構成によって行なった、アラン・レネ『夜と霧』が知られますが、この本作は、当時の手回しで撮影され、音声の一切ついていない白黒映像にデジタル技術による彩色を行い、現在のフィルムの速度に合うように再生させて、1910年代のフィルム特有のピョコピョコした動きを修正し、そこに銃声やタンクの動く音を正確につけ、口の動きを読み取って兵士たちが恰もホントに喋っているかのように声をつけました。

 

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実際のアウシュヴィッツ収容所の映像を世界的に知らしめたアラン・レネ『夜と霧』。

 


彩色程度ならば、1990年代にNHKで制作された力作『映像の20世紀』でもされていましたけども、そんなレベルありません。


まるで、1950年代のアメリカ映画のようなカラーがついていて、何も説明しなければ、第二世界大戦のカラーフィルム撮影と勘違いしてしまうほど精巧です。

 

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しかも、ジャクソン監督の見せ方は巧みで、はじめは正方形の当時のフィルムサイズで従来の再生方法で、戦争直後の、後に地獄の絵図となる西部戦線となる事など梅雨知らず、ティーネイジャーの男の子たちが何十万人も志願しているというシーンを淡々と進めていくんです。

 

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そして、気づかないようにピョコピョコした動きがだんだんと1950年代の映画くらいに動きが滑らかになっていき、それが、西部戦線になると、突然パッとカラーになるんですね。

 

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コレはギクっとしました。このタイミングかと。。


もはや歴史的事実であり、それ自体は腐るほどの書籍、映像がありますから、それを覆すものはありませんし、ストーリーはすでにネタバレしまくってますから、完全にバラしまくりで進めますが、信じられないほど長大な塹壕が作られて、イギリスとドイツが膠着状態となっている、西部戦線の凄惨な現実に実際に参戦した人々の、BBCが録音した証言を元に組み立てていくんですね。

 

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とにかく驚くのは、イギリスがこれほどまでに膨大な映像と証言を残している事ですよね。


これ無くしてピーター・ジャクソンの作品はあり得ません。


残念ながら、日本にはこれほどの記録があるのかというと、なかり厳しいものがあるのでは。。


あと、写っている、ホントに少年たちとしか言いようのない兵士たちの屈託のない笑顔と凄惨な死体の強烈なコントラストをデジタル技術で見せられる、異様な虚構のリアリティが、見る者を混乱させ

ますね。

 

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更にうまいなあ。と思わせたのは、停戦協定が結ばれてからの描写ですけども、本作はドキュメンタリーの形を取った、劇映画だなあと思いましたね(コレは決して本作をディスっている言葉ではない事は見ればわかります)。


あと。


エンドタイトルは是非見てください。


席を立ってしまっては、本作の真骨頂を見逃す事になりますので、ご注意を。


DVDでココは念入りに見たいと思ってます。


ちなみに、本作は監督の祖父に捧げられています。

 

彼の祖父は、第一次大戦時に陸軍に勤務してしました。

 


追伸1

本作で第一次世界大戦には興味を持った方は、デイヴィッド・アテンボロウ『素晴らしき戦争』、フィリップ・ド・ブロカまぼろしの市街戦』もオススメです!

 

追伸2

このドキュメンタリーでは全く言及されてませんが、当時、「スペイン熱」と呼ばれたインフルエンザの世界的な大流行によって死者が大量に出てしまった事が、第一次大戦終結を早めました。

 

本年は第一次大戦終結101年目になりますが、奇しくも新型コロナウィルスという、かなり厄介なウィルスが現在、北半球を中心に蔓延しているのは、不思議な合致です。

 

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ドイツ側から見た西部戦線のドキュメンタリーも見てみたいですね。