富田克也『バンコクナイツ』
映画制作集団、空族(くぞく。と読みます)による3時間を超える大作。
「Bangkok, Shit....!」
まさか冒頭が、『地獄の黙示録』のパロディから始まるとは(チョイチョイ、パロディが入ります。ワルキューレの騎行も流れますから・笑)。
タニヤ通りの娼婦の日常を淡々と描きながら、東南アジアの歴史を浮かびあがらせていく手腕には脱帽!
随分前の「ミツバチの叫びとささやき」で『地獄の黙示録』愛を書きましたが、本作は、その深さ、大きさにおいて、遥かに超えたと断言してよいです。
『地獄の黙示録』は大好きですが、やっぱりアタマの中で考えている、アメリカ側の言い分でしかない事を思い知らされましたね。
とはいえ、サフィーン大好きキルゴアと狂人カーツは映画史上な残るキャラクターですけども(笑)。
基本は、バンコクに実在する、日本人ばかりが利用する歓楽街、タニヤ通りを舞台としますが、主人公である、インラック(お店のNo. 1)の故郷イサーン(字幕が秀逸ですな)、果ては、ラオスにまで撮影が及ぶという、今村昌平『神々の深き欲望』すら超える過酷な撮影がうかがえます。
2人の主人公、元自衛隊員でカンボジアPKOに参加した経験ある、オザワとお店のNo.1のインラック。
空族の前作『サウダーヂ』はほとんど山梨県から動かないわけですから、このスケール感がすでに日本離れしてしまっています。
バカなことばかりが考えている日本人男性。
それぞれに苦悩を抱えるタイの娼婦たち。
東南アジアの植民地の歴史。
とりわけ、インドシナ戦争とヴェトナム戦争がタイにすら繁栄と暗い影を落としているという現実。
文章にしてしまうと、エラく重苦しいテーマを重苦しく描くのではなく、どこかトホホで笑えてしまうタッチで描いているという凄さ。
よくわからんビジネスにオザワを巻き込もうとする日本人たち。
もう1人の主人公、オザワ(元自衛官)の彷徨う姿は、そのまんま『地獄の黙示録』のウィラードのようでもあり(オザワは、カーツ大佐の王国ではなくて、ラオスを経由して、ヴェトナムのディエンビエンフーまで、行き着くんです)、最後は『タクシードライバー』のトラヴィスすら感じさせます。
唐突に出てくるラッパー集団(笑)。
全体としては、3時間もの時間をかけて何も起こってはいないし、何かが変わったわけでもないという(そういう予兆は感じるのですが、それは表立っては見えてこないんです)、そこもまたすごいところで、普通はオザワの自分探しの話し、インラックの家族の話し、キンジョウさんたちのおバカな日本人の話し、タニヤの売春婦の話し。と、焦点を絞り込んで語るはずだと思うのですが、本作はそれを敢えて全部放り込んで、グダグダにかき回して、あまりキレイに整理しないで私たちの前に見せてくるんですね。
占い師のような人なのでしょうか、人生相談を受けるインラック。
そのことによって生み出される、異様なカオス感が見事で、時にグダグダすぎやしないか?とすら感じてしまうほどリアルですね。
そんなに簡単に現実が変わるわけないですから。
完全にフィクションのはずなのに、まるでドキュメンタリーでも見ているような生々しさすら感じてしまった大傑作。
ちなみに、空族作品は、一切DVDになりませんので、劇場で見るしかありません!ご注意を!!