パオロ・ソレンティーノ『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』
この映画をいきなり見ても、多分、よくわからないと思います。
この映画が公開された時にも、無所属の上院議員(イタリアの上院は終身)として政界に生息していた怪物、ジュリオ・アンドレオッティに関する映画ですが、今でも関係者が多く存在するため、仄めかすようにしか描けません。
その意味で、この映画はわかりにくい。
スペインの独裁者フランコが存命の頃にヴィクトル・エリセがひっそりと撮った大名作『ミツバチのささやき』が、スペイン内戦を仄めかす程度にしか描いていないのと同じですね(なぜ、主人公の家族の家がいつもガランとしていて、なかなか大きなお屋敷が姉妹の遊び場になっているの事を一切説明してないです)。
本作は、『ミツバチのささやき』のようなファンタジーではなく、妖怪本人を主人公にしているお話なので、多少、第二次大戦後のイタリア政治の流れを押さえておいたほうが、理解しやすいです。
国王は退位して、共和制となりますが、大まかに言って、イタリア政治を動かしているのは、三つの勢力です。
そして、共産党です。
簡単に言ってしまうと、イタリア政治は、キリスト教民主党を中心とする中道右派の連立政権か、社会党を中心とする中道左派の連立政権の交代が基本で、ほぼ、キリスト教民主党を中心とする連立内閣です(80年代は、社会党とキリスト教民主党が連立するという時代です)。
映画でも説明されますが、アンドレオッティは、首相だけでも1972-73年、76-79年、89-92年も勤めていて(日本の感覚では、田中角栄が何度も首相やってる感じですね)、それ以外にも主要な閣僚として、83-89年は外相なので、要するに、70年代からずっと閣僚です。
しかし、戦後混乱期の挙国一致内閣にトリアッティ書記長が入閣しただけで、共和制以降、内閣に入ってません。
イタリアは連立を組まないと内閣が作れない政治的な土壌があり、共産党と入れる可能性は常にあったのですが、いつもハブられてしまい、万年野党でした(ローマ・カトリック教会、マフィアから敵視されていたのが決定的でした)。
ユーロコミュニズムを標榜していた共産党に接近したため(当時の共産党は第二党)、極左テロ組織「赤い旅団」に誘拐され、殺害された当時のモーロ首相も、キリスト教民主党でしたが、この殺害にアンドレオッティが関与している疑惑が今でもあります。
この事件の後に再び政界に君臨したのが、ジュリオ・アンドレオッティです。
マフィアや右翼の秘密結社(ベルルスコーニもこのメンバーと噂されます)との関係は、権力を握っていた頃から常に噂がありましたが、誰も彼を失脚させることはできません。困ったものですね。というのが、この映画を見るために最低限必要な予備知識でしょうか(笑)。
なので、こういう映画が日本でヒットするとは思えませんし(イタリア本国は別ですが)、強力にオススメするつもりもありませんが、こういうお勉強も映画を通じて出来るのです。という事です。
これ以降は、みてのお楽しみなので、あんまり書きませんが、まあ、完全にマフィア映画です(笑)。
政治的大物=ほぼマフィア。という図式は大体イタリア政界は未だに有効かと思いますので(笑)、そういう感覚では見てしまえば、イタリア本場のマフィア映画としてのジワリジワリと恐怖が伝わってくる秀逸な映画としても見ることはできます。
ほぼ、アンドレオッティの一人芝居に近い作品ですが、彼を演じる
トニ・セルヴィッロはうまいですねえ。
首相に指名されても、パーティがあろうとも、何の感情も動かず、一体何を考え、何が楽しくて生きているのか全くわからない人ですが(なんと、2013年まで生きておりました・笑)、この人のせいでイタリアの政治経済がいろいろ問題があったのは事実なのでしょう。
コレはネタばれではないと思うので、書きますが、彼は、結局、亡くなるまで無所属の上院議員(上院は選挙はなく、終身の身分)です。
政治的な影響力はさすがにもうなくなっていたと思いますが。