イ・チャンドン(李滄東)『シークレット・サンシャイン』
寡作な監督なので、実は全く知らない監督でした。
新作の『バーニング』(なんと、原作は村上春樹の中編です)の前々作で、2007年公開です。
イ監督は、脚本家、小説家、プロデューサーでもあるので、何もしていなかったのではなく、映画を撮る以外の仕事をしていただけのようですね。
また、自分で撮るべき脚本がない時は撮らないという信念があるようで、それが寡作になってしまう原因なのでしょう。
ですので、彼の映画ができました!となると、世界中のファンがどよめくわけですね。
旦那さんが亡くなって、彼の故郷の韓国の南部の密陽(ミリャン)に引っ越してきた元ピアニストのシネは、息子のジュンと2人でピアノ教室を開いて生活しています。
密陽に向かう途中にたまたま助けてくれたのが、キム社長。
そんな彼女に気があるのか、不動産仲業を経営するキム社長は、韓国特有の濃厚な先輩後輩関係で生きている、典型的な人です。
ホン・サンスは韓国。というのをほとんど書き割りみたいなものとしてしか考えておらず、その社会と慣習とか風習みたいなものには何の興味もなく、自身のマジカルなテクストの更新をしているのですが、イ・チャンドンはジックリと腰を据えて、人物造形もとても的確で、韓国社会というものにも目を向けいるという、まあ、とてもオーソドックスなスタイルで、ほとんどブニュエルとロメールが奇妙に合体したみたいな、誰にもマネできないようなスタイルで年1以上のハイペースで撮っているホン・サンスと好対照です(で、どちらもカンヌの常連)。
ホン・サンスを学習して映画を作るのは大ケガをすると思いますが、イ・チャンドンの地に足の着いた作り方は、ものすごく勉強になるのでは。
ものすごくありふれた小さい町の風景(実際の密陽市です)を写しているんですが、ビンボ臭かったり、貧相さがなくて、なんというか、昔の日本映画のいい絵を見ているみたいなんですよね。
息子のジュンがなかなかいい味出してます。
始まり方は、この親子の物語に、社長が絡んでくる物語なのかな?と思わせるのですが、なんと、息子が誘拐されてしまいます。
なんと、コレ、サスペンス映画なの?と思いきや、実はそうではなくて、ネタバレさせちゃいますけども、結局、遺体で発見され、容疑者はそんなに意外でもない人物が逮捕されます。
で、このお話しの本筋となるのは、ここから先なんですよ(笑)。
ここからがこの監督の真骨頂で、日本に住んでいると気がつかない韓国社会のある一面がよくわかり、イ監督は、コレに対するかなり明確な批判的スタンスを取っています。
「儒教社会」だけでは見えてこない、韓国社会。
主人公のシニの「地獄」を淡々と、ラストに於いても特に答えすら与えることなく、スッとカメラがひいていくと所に、凄味を感じますねえ。
シニを演じるチョン・ドヨンはカンヌで主演女優賞です。
ベルイマン的な人間のドロドロな内面を暴いていくような、容赦のない怖さを、久しぶりに思い出させる、骨太な監督です。
ドストエフスキー的な容赦のない対面シーン!
コレを見て、彼の作品はすべて見なくてはならないと痛感せざるを得ない、秀作でした。
ちなみに、タイトルの「シークレット・サンシャイン」は舞台となっている密陽市を直訳したものです。
人間の幸せって何なのでしょうね。