ウディ・アレン『カイロの紫のバラ』
ウディ・アレン作品の中でも屈指の名作。
世界恐慌後のアメリカを描いた『カメレオンマン』『ラジオデイズ』は、いずれも素晴らしいですが、コレが1番素晴らしいかもしれません。
個人的には『カメレオンマン』を偏愛しますが(笑)。
彼の映画への愛、戦前のアメリカ文化への愛をここまで見事に作品に昇華した作品はちょっとありませんね。
世界恐慌に端を発する大不況の1930年代のアメリカ、ニュージャージー州のとある小さな街。
ミア・ファローは、失業中の旦那(ダニー・アイエロ)を支えるべく、パードタイムやら何やらで必死にお金を稼いでいます。
どうも、旦那は仕事がなくてヤサグレて呑んだくれになって、売春婦まで自宅に連れ込んでます。
典型的なイタリア系のマッチョですね。
ニュージャージー州は、イタリア系の人が多いんですね。イーストウッド『ジャージーボーイズ』はその事を描いてます。
そんなファローの楽しみは仕事終わりに映画を見る事。
ファローの唯一の楽しみは 映画
目下のところ、彼女が夢中の映画が『カイロの紫のバラ』。
RKOのロゴがいかにも1930年代っぽい。
劇中映画が一切手抜きなし。
もう、ホントに当時にこんな映画がありましたというモノをチャンと見せてます。
このあたりの技術は『カメレオンマン』を撮った時に培われているんですね。
『カメレオンマン』も1930年代を描いてはいますが、あくまでも背景であって、レナード・ゼリグ=ウディ・アレンのカウンセリングがやはりメインですから、本作の方がずっと社会背景を丁寧に、しかし、うるさくならないように描いています。
本作をポップにしているのは、やはり、ウディ・アレンが主演ではないからだと思いますが(笑)、ミア・ファローが演じる、ちょっと夢見がちな女性がホントに見事ですよね。
仕事中に余りにもボヤッとしているので、とうとう、パードタイムも、クビになりました。
そんな彼女が何度目かの『カイロの紫のバラ』を見ていると、映画の中の俳優、トム・バクスター(ジェフ・ブリジス)がミア・ファローに話しかけてくるんです。
「アレ、キミ、何度も見に来てるよね?」
アラヨッと、画面から飛び出してきてしまいました。
今見てもこのシーン、どうやって撮ったのかわかんないです。
白黒画面からスッと出てきてカラーになるんですよ。
余りにも自然なのでビックリしますね。
この映画が面白いのは、というこの女性の夢でした。チャンチャン。ではなくて、ホントに映画から飛び出してしまって、アメリカ中の映画館がパニックになっているんですね(笑)。
映画の画面の中でも、映画が途中になってしまって、役者たちはそれぞれ勝手なことを言い始めて公論を始めます。
ホントは架空の存在でしかないトム・バクスターは、不況でうらぶれている街を楽しそうに歩いています。
このシチュエーションのおかしさですね。
2人は劇場を逃げ出して冬の閉鎖された遊園地でデートです。
映画を飛び出してしまうバクスター。
詩人で探検家。というトンマとしか言いようのない役であるトム・バクスターというリアリティの無さを、ジェフ・ブリジスは見事に演じていますね。
「えっ、今、不況なの?でも、ボクはお金たくさん持ってるよ」と、小道具のお札を見せるんですね。
こういうさりげないところが実にうまいですね。
現実は、逃げるときに都合よく車のエンジンはかからないし、キスシーンになっても、フェイドアウトもしないんです。
映画館も、バクスターが出で行ってしまって困ってしまいます。
一番困ったのは、この役を演じた俳優で、バクスターが犯罪でも起こしたら、かれのこれまでのキャリアはすべて水の泡です。
この映画の1つのヤマ場は、映画の中の空想でしかないトム・バクスターと、これを演じているギル・シェパードの対話です。
まさにウディ・アレンがずっと追求している、人間のアイデンティティの問題がこのコミカルで錯綜したシチュエーションで展開していきますが、コレがおかしいですね。
アレン自身がやると、もっと神経質でうるさくなりますが、こうすると見事なエンターテイメントです。
とにかく、バクスターは映画の中には戻ろうとせず(笑)、シェパードが一番恐れる展開に。
一方で、ミア・ファローもシェパードとデートに。
取り残された映画の中では、『これは資本家の陰謀だ!」と騒ぎ出し始めました。
さてさて、この後、どうなっていくのかは見てのお楽しみですが、作家として、ホントに見事に成長しましたよね、アレンは。
見事なファンタジーでした。
初めてウディ・アレンを見る方やウディ・アレンはどうも苦手。という方にも本作はオススメです。