ジョシュア・オッペンハイマー『アクト・オブ・キリング』
アクト・オブ・キリングの手法は、ドキュメンタリーとしての倫理に反していると思う。
やっていることは、ミルグラム『服従の心理』と同じ。
心理学をある程度知った上であの手法を考案したのだろうけども、オッペンハイマー監督は、あのプレマンのじいさんの人生に責任持てるんですか?
そういう意味で『アクト・オブ・キリング』はまことに不愉快。
これに対してアレハンドロ・ホドロフスキー『ホーリー・マウンテン』や『リアリティのダンス』は心理学による治療ということがホントにできていますよ。
観客すら癒しています。
私はホドロフスキーを高く評価します。
原一男はなかなか破天荒な作品を撮ってますけども、倫理感はとても高い。
オッペンハイマーは、実はものすごく操作してる。
結局、何がしたいのか。
あのプレマンのじいさんを利用してるのか。
もう、インドネシアには入国できないでしょうから、治療の続きもできない。
心理療法のプロでアレをやったら、完全にクビでしょう。
人間の内面から飛び出してきたモノがその後どうなっていくのかなんて、誰にもわからない。
オッペンハイマーさんはその責任を放棄している。
てか、オッペンハイマーは、あのクーデタを主導してたのがCIAである事を言ってない。
むしろ、問題はそこでしょ。
冷戦期に、イラン、インドネシア、チリの政権を転覆させたのは、CIAです。
未遂や失敗も含めるともっとあるでしょうけども、そういう意味でインドネシアの軍事クーデタの最大の加害者はアメリカですよ。
オッペンハイマーさんは、スハルトのクーデタを文献でも調べたと思うけども、日本の大学入試の参考書にすら書いてあるような事を、「知らない」とか「わからない」と言ってシラを切りながら、あんな心理療法の悪用みたいな事を平然と行う感覚はどうなんですかね?
しかも、何となく映像がホドロフスキーっぽいところが散見されるのも(絶対意識してやってますよね?)、大変不愉快です。
あんなものにカネを出してるヘルツォークもどうかと思う。
『アクト・オブ・キリング』で怖かったのは、むしろ、虐殺をしたプレマンたちが、今でもインドネシア社会で実権を握っている事であり、パンチャシラ青年団という、ほとんどヤクザと言ってよい集団が社会の末端まで支配している現実です。
それを見せるだけで十分。
戦争加担を追及されず、公職追放されないで全員がそのまま日本を支配しているようなモノですよ。
たしか、続編があるんですよね?
ゾッとしますな(笑)。