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実は後半があった。

ヴィクトル・エリセ『エル・スール』



ミツバチのささやき』でいきなり世界中の映画ファンの度肝を抜いたエリセがそれから10年後に発表した作品。

何もしていたのかというと、商業映像を作って生活してたらしいですね。

この辺がエリセの謎ですねえ。

本作は、『ミツバチのささやき』のおとぎ話から、ガチのリアルへと移行した、エリセ的としか言いようのない、またしても、フランコ政権化での対立を静かに描いた作品です。

フランケンシュタイン』のお話が女の子の頭の中でごっちゃになってしまうという、ホントに可愛らしい映画であった前作。

アナ・トレントが素晴らしすぎて、フランコ政権の問題がどっかに行ってしまうほど素晴らしかった。

しかし、本作を支配するトーンはとても暗く、重いです。

初めて見たのはVHSで、コレで見ますと、エリセの繊細な光と影の芸術が実に不鮮明で、よく画面が見えない映画。なのですが、最近出たブルーレイで見ますと、エリセの意図がかなり伝わってきます。

少々話が横道に逸れましたが、冒頭からして驚きますね。

ゆっくりゆっくりと夜が明けていくのを長回しで撮っていて、それが主人公のエストレイリャの寝室である事がだんだんとわかってくるんですね。

犬の鳴き声や家政婦、母親の声から何事かが起こっている事がわかりますが、エストレイリャは、父親が自殺したことを暗に悟って涙を流すとこから(父親の大切な品物がベッドに置いてあったからです)、何故、父親が自殺するに至ったのかを、8歳の頃に回想することでお話が始まります。

エリセは、あえて、画面の全体をクッキリと見せる事をしません。

屋根裏部屋の父親と娘の顔と手だけが見えるようにライティングしたり、聖体拝受式の日に教会の隅にいる父親は顔ばかりがハッキリ写っていて、身体は輪郭程度しかわかりません。

エストレイリャの幼い頃の記憶。ということを見事に表しているんですね。

そして、すでに父親は、現在に生きていない事を暗示しているんですね。

撮影はホントに大変だったでしょう、トコトン粘って撮っているのだと思います。

自身は人民戦線側を支持し、軍事政権を支持する父とことごとく対立し、故郷を捨ててしまったアウグスティンを演じるオメロ・アントヌッティの繊細な演技は、本編の格調を高めておりますね。

本作はまたしても映画がとても重要なファクターになります(思春期を迎えたエストレイリャ見たポスターがヒッチコックの『疑惑の影』なのも嬉しいです)。

ここから、娘エストレイリャが父親アウグスティンの過去に何があったのか、興味を持ち始めるキッカケとなりますが、こういう使い方はホントにうまいですし(架空の白黒映画の再現がホントに素晴らしいです)、この映画をアウグスティンが見てしまったことによる顛末は、我々観客にはわかって、エストレイリャにはわかりませんが、ホントに悲しい。

結局、映画では、父親の過去はハッキリとは示されません。

それを明らかにするために、エストレイリャは父親の故郷である「南」へと旅立つ事を決意して終わります。

このブルーレイの解説を見て初めて知ったのですが、この映画は実は3時間の大作を構想して制作されていました。

しかし、プロデューサーが後半部分のカット、すなわち、エストレイリャの南への旅のシーンをすべて削る事を要求し、現行の形で公開されることとなりました。

撮影は、「北」の場面を撮り終えたところでまでだったようで、残念ながら、今後、ディレクターズ・カットのような形で見る事は出来ないようです。

この事をエリセは大変残念に思っているようですね。

恐らくは「南」で、祖父、祖母、ミラグロス、そして、「イリーナ・リオス」と会う物語があったのでしょう。

少女の成長。は、前作のテーマでもありましたが、本作は更に心の奥底に染み渡りますね。

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