侯孝賢『黒衣の刺客』
節度使(この頃は唐朝から事実上独立してます)田季安を暗殺しようとする、隠娘。
まず第一に、まさか、侯監督がここまで黒澤明へのオマージュを丸出しにした映画を撮るとは思いませんでした。
『隠し砦の三悪人』、『七人の侍』、(以上はアクションシーン)『羅生門』、『蜘蛛巣城』、『乱』(それ以外の基本的な絵作り)と言った代表作が続々と浮かんできます。
しかも、映像にとてつもない労力が割かれている。
ロケハンを含めて、なんと、5年もかけて撮影したそうです。
黒澤明やフランシス・コッポラもビックリな時間のかけ方です。
基本的な絵作りは、さきほど挙げた黒澤作品の『乱』ですね。
唐朝のお話というのもありますが、ワダエミばりの色彩のメリハリがものすごくシッカリとした衣装で、アップはほとんどなくて、ヒキの絵で構成されているのは、完全に『乱』を意識してますね。
これくらいの絵がとても多いです。
アップが少ないので、登場人物の判別があまり顔ではつきづらいので、衣装でして下さい。という事でしょう。
お話は、女性の刺客が魏博節度使(実はこの二人は婚約者同士だったというのがこのお話の核です。話しの最初の方にボーンと出てきますから、ネタバレさせてもよいでひょう)を暗殺するという、中国お得意の武侠モノなのですが、何しろ、ベースが黒澤明の『乱』ですから、ワイヤーアクション使いまくりの目まぐるしい展開は期待しないで下さい。
もう一人の主人公、田季安。事実上、地方の軍事、民政を支配する実力者。
侯孝賢の作品を何本か見たことある方ならわかると思いますが、彼は基本的にゆっくりゆっくり話しを進めていく人ですから、突然、猛烈にスピーディな映画を撮るはずなどなく、あの悠然たるテンポ感で進んでいく武侠モノですから、そういうのを好む方には、本作はちょっとキツいかもしれません。
しかし、ロケーションにしても、美術、衣装にしても、世界最高水準で挑んでおり、決して多いとは言えないアクションシーンは、ものすごいクオリティなので、私はもうそれだけで本作には高い評価を与えたいと思います。
とにかく驚くほど豪華で重厚な絵作りの連続!
主人公の女性の殺陣は見事というほかございません。
というか、昨今、こういう重厚で悠然と構えた映画ってほとんど見かけなくなったので、とても嬉しくなりましたよ。
日本人の2人(妻夫木聡、忽那汐里)も、とてもいい役をもらってますね。
残念ながら、インターナショナル版では忽那汐里のシーンは全てカットだそうですが。
侯孝賢が、黒澤明へのオマージュをここまでストレートかつ誠実に行ったという事を、日本の映画界はどのように受け止めたのかは寡聞にして知りませんが、こういう格調高い作品はなかなか興行的には厳しそうだなあ。という気はします。
とはいえ、コレは近年稀に見る立派な作品であり、私は強くオススメいたします。
エキゾ感も満天です。